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雨。雨。雨。

 本当によく雨が降ります。。。朝目が覚めて雨が降っている(というか,雨の音で目が覚める)のが今日で4日めです。しかも,かなりザーーーーーと降ってはやみ,「もうやんだかな」と思うと再びザーーーーとの繰り返し。ほぼ一日中そんな感じのカンポットです。日本も台風が来ているのでしょうか? お店のおばちゃんに聞いたら「こんな天気も珍しいほうだよ」と言っていたので,ちょっと安心しましたが。
 カンボジアでは,雨をうまく活用しています。どのお宅にも「甕」があって,さまざまな用途に雨水を使います。昨日ひしひしと感じたのは,雨が降ってきたら,お店のおばちゃんが食器を降っている雨で洗っています。自分も手がすごく汚れていたので,「どこかで洗いたいな」と言ったら,雨を指さしています。「なるほどね。シャワー以上のパワーだし」というわけで雨で手洗い。ちゃんと石鹸を貸してくれましたが。 
 雨が降ると,ゲストハウスから職場までの道のりに水たまりができています。あーあそこに犬のふんやら牛のふんやらたくさんあったのに・・・と思いながら,極力水たまりに入らないように動いていますが,それでも水はかかるもの。。。カンボジアのみんなは,おかまいなくサンダルでどしどし水たまりに入っています。
▼水たまり。

 さて,今日はお休み。そんなわけでいつもと同じように例の場所へ。青少年と文化の家です。そこしかありません。今日は午前中いつもと同じように踊りの練習。同じことを繰り返しやっていると体も慣れてくるものです。それから,彼らも自分のクメール語のレベルをよくわかって来てくれて,ゆっくりと,しかも自分の発音も汲み取ってくれるようになっています。多少,ニジェーイレーン(冗談)を言えるようになりました。
 そして午後は,例のフランスからやってきたスカウトのメンバーとのお別れ会でした。彼らは明後日シアヌークビルへ,来週シェムリアップに行って帰国とのことです。みんなから,出し物やお礼の手紙で結構盛大に行われました。
▼高校生女子の伝統舞踊。素敵な舞踊にみんなみとれています。
お別れ会1
▼高校生男子のギター演奏。クマエの唄でした。ギターも上手!負けてられない!!
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▼フランスメンバーの唄。フランス語です。メルシー~
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▼最後は「We are the world」の合唱。「We are the children」のところで嘘をつきました。
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 カンボジアにきて思ったのは,こういった特技を持っている人の多さです。自分が例えば,「盆踊り」と言われても厳しいですが,こうした技能を身につけているのは本当に大切だと思います。特に,協力隊に来てその必要性を強く感じています。
 受動的なことが多くて,今は,一緒に彼らと活動していればいいのですが,例えば自分がここで何をすることができるかと。。と考えるとどうしようかと思ってしまいます。 訓練所で,「受動的な生活になれるな」と誰かがおっしゃっていたのを思い出します。もっと自分から行動しないとだよなーと思いつつ,今はまだあせる時期ではないのかな,と自分に言い聞かせたりしています。

<今日のカンポット>
 雨と子どもたち。青少年と文化の家の前で。開門を待っている間のかわいいショットです。濡れるのは嫌いなんですね笑
ame

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南国の海へ! リゾート地ケップへ!!

カンポットは雨が続いています。こっちにきて初めて長袖を2枚重ね着しました。それくらい涼しいです。
あれ? タイトルとの関係は・・・? 

ということで,今日はそんな天気の中,なんと海に行ってしまいました。
カンポットの南に位置するケップ州のリゾートです。
南国のリゾート,青い海,青い空,白い砂浜,ハイビスカスの花・・・
そんなイメージをもってしまいますが,そこはやはりカンボジア。
広がっていたのは,冬の日本海,すたれた温泉街の浜辺を彷彿とさせる↓のような景色です。
ケップ1

カンボジアサイドにたって言い訳をすると,1.雨季,2.天気が悪すぎ という悪条件ですので,また今度は違うシーズンのもっと天気がいいときに行ってみたいと思います。
のんきに海なんか・・・と思いますが,これも「青少年と文化の家」とのお付き合いというか,交流です。「土曜日はケップの海にみんなで行くから,ウドムも来てね~」という優しいお誘いを受けて参加しました。
朝,というか夜通し激しい雨。多分延期かなーと思って集合場所に行ってみたら,みんなカッパを着て集合済み。
そんなわけで,↓の乗り物(名前を聞いたけど忘れてしまいました。トゥクよりでかいです。長いです。屋根ありません)に乗っていざ出発!!

ケップ2 
▼20人以上の収容能力!!
keppu3
▼青いポンチョが所長さん。陽気でみんなをよくまとめています。ポンチョの下には3人が雨宿り。
keppu4

 くどいようですが,雨の中です。自分もプノンペンで約40円で購入したカッパを来て同乗です。
カンポットにも海はあるのですが,カンポット市からは州内のビーチよりもケップに来たほうが早いらしいです。
 さて到着後,若いみんなは服を着たまま,どんどん海の中へ!!「ウドムも早く」とせかされ,超~~~久しぶりに海に入りました。しかも服を着たまま。大学時代の青春ストーリーを思い出してしまうようなはしゃぎようでした。もうここまで来たら後のことなんて関係ない! メガネはたしか塩水はダメだった気がするけど・・・海の中で高校生たちと楽しみました。例のフランスのスカウトのメンバーもすごくはしゃいで楽しんでいました。聞いたら彼らも大学1年の19歳。同じくらいの年代なんですね。それに一人だけ30代がまざっていたわけです。
 海は遠浅で,水温自体は外よりもむしろ温かい感じです。外に出たら,みんなでサッカーやらバレーやら,だるまさんがころんだやら,いろいろなゲームを楽しみました。「相撲」もみんな知っているので一緒に楽しみました。相撲「は」,自分が強かったです。
▼輪をつくって,ボールが股の下を通ってしまったらアウトです
ケップ5
▼みんなで集合写真。高校生たち+おじさん。ちなみにカンボジアでは「3人」だけで写真に写ることが縁起が悪いらしいです。
ケップ6
▼ケップのモニュメント前で。
keppu 7

 時間を忘れる楽しさでした。こんなに無邪気にはしゃいだのって本当に久しぶりな感じがします。こういう余裕というか,ゆとりが,日本で働いている時にも大事だなーと感じました。みんなが笑顔で,素敵な時間の過ごし方です。
 そして何より,カンボジアのみんなの優しさにもまた触れることができました。それはお昼ご飯。お弁当を用意しておいで,と言われていたので,自分はパンを1つだけ持っていったら,「それじゃお腹いっぱいにならないだろう。これを食べなよ。」とみんなのご飯からおかずから分けてくれます。もちろんスプーンはないので手で食べましたが…。よく見てみると,みんながそうやって少しずつ分け合って食べているんです。『俺のだから』みたいなケチくさい感じは全くなく,『食べていい?』なんてこともいいあわず,自然にみんなで共有している。すてきな一面を垣間見ました。
 それから,手で食べている時に,衛生面を気にしすぎるのもどうかな~とちょっと思いました。お菓子やおにぎりは手で食べるけれど,白いご飯は手で直接…というのは結構感じるところがあると思います。しかし,考えてみたら同じこと。おいしかったです。

 すてきな1日をありがとうございました!!

 あっ,そうだ。日本の大学院時代の友人からメールをいただき,自分が熊谷市のHPに載っていることを教えてくれました。熊谷市の市長さん訪問の部屋です。もし,もし暇で仕方なかったら覗いてみてください。

 今日はカンポットで写真は撮っていません~

クメール語は難しい!!

わかりきっていたことですが,改めて今日実感しました。クメール語は難しい。。。困。

今日も日常の業務で,資料の読解が98%でした。
単語は辞書で調べれば何とかなります。(覚えられるかどうか別として・・・)しかも,クメール⇔日本語の辞書に加えて,強い味方「電子辞書」を手に入れましたので,単語の意味は何とかつかむことができるのですが・・・

①文になるとチンプンカンプン。。。とにかく文法が曖昧な言語なので,最初はいいかなと思っていましたが,文章になると,何が主語なのか,どこまでが述語なのか,何が形容詞で副詞なのか・・・? 一文が異様に長くて,途中で混乱しまくります。でも,先生方はすらすら読んでいます。どうして??

②似たような言葉が多すぎる。あるいは,2つ以上の単語をくっつけて新しい意味をもたらしたり,あるいは2つ以上組み合わせたのに実は同じ意味だったりと,「1つにしてくれよ!」って本当に思います。先生に「じゃ,〇〇と△△は同じ意味ってこと?」って聞くと,「トラウ(その通り)」と返事。イヤになります。

③発音。ここにきてようやく4つある「K」の音を自分で区別して言えるようになりましたが,相変わらず人の言っている区別はしずらい。結構地元の人には,そのわずかな違いが大切なようで,どの「K」なのかがちゃんとつうじないと,「?」って顔をされます。ようするに,通じない。。。はてはて。。。

 弱気になってしまいますが,それでもくじけずがんばります。「3か月後」を信じているのですが,考えてみるともうカンボジアに来て一か月以上。あと二カ月でなんとかなるのか・・・まったくそんな気がしません。。。

 というわけで,今日の成果を書いておきたいと思います。「カンポットの教育~青少年教育分野~」についての2009年の報告です。(一部よくわからないとことは都合よく解釈しています)

「カンポットには,高校あるいは単科大学に通う青少年が26280人(うち女性が11488人)います。
 学校に通っていない青少年が61747人(うち女性が26911人)います。
 青少年と子どもたちの仕事をさらによく指導し,管理していくために,青少年課の仕事(高校におけるユース評議会と,中学校・小学校におけるユース評議会)について,教育省は514番の指導書を出した。その結果が次のとおりである。
 カンポットには,高校におけるユース評議会が16グループあり,そのメンバーは13225人。児童評議会が351グループあり,そのメンバーは80000人以上。全小学校と前期中等教育の児童評議会の仕事を経由して(?),「3良運動」の試験的な取り組みを行い始め,「良い子ども,良い生徒,良い友人」活動となずけた。一年をまたがって私たちはこの活動で,「1良」の子どもを79557人,「2良」の子どもを53296人,「3良」の子どもを18655人選んだ」

 と前半まで。「3良運動」日本でも小学校とかだとやっているのでしょうか? 何にとって「良」なのか,誰がそれを判断するのか,その価値基準が難しいのかなと思います。詳しいそのあたりのことは,この資料には書いていないので,また別の資料で解読していきたいと思います。ちなみに次のターゲットが↑で出てきた「514番」のテキスト。超分厚いです。
 にしても,この「3良運動」日本でやったら,もしかしたら「良」の数がどうだとかで,ヘタするとマスコミとかにとりあげられちゃったりするのでしょうか??  

 それから,別件。今日JICAの安全担当の島田さんに,住居のチェックに来ていただき,一件目があまり問題なかったので,新居が決定しました。他の国は,相手国から支給されたりとかで自分で探す必要はないらしいですが,カンボジアでは自分で探すことになっています。といっても,前任者の方が住まわれていたところが実に雰囲気のいいところだったので,そのまま借りることにしただけですが・・・。ちなみに,フランス植民地時代に建てられたもので,かなり古いけれどアンティークな感じです。また後日写真を載せたいと思います。早ければ来週にも引っ越しです。

<今日のカンポット>
 昨夜からず~~~~~と雨が降っているカンポットです。海に面しているうえ,山も多いので雨季は特に雨が降ります。プノンペンとは雨の振り方の特徴が違います。夕方ちょっとだけ雨がやんだ一場面です。たこ
 凧です。おじいちゃんと孫らしい関係で,「孫:じいちゃん,とんだよ~」(想像)みたいなやりとりがとても素敵でした。街の中心部には,こんな公園らしいスペースがあるカンポットでした。


あせらずあわてず・・・だけど。。。

 今日は久しぶりに職場に行って仕事,といっても相変わらずの資料解読作業です。
 
 同期のブログを見たら,それぞれ協力隊らしいいろんな仕事を展開し始めることができているようで,うらやましいかぎりでした。
 本当に自分は今日一日あの職場にいて,資料解読ばかり。。。職員さんも暇だから来ない人はいるし,いてもパソコンでゲームとか始めちゃうし・・・。しかもそのゲーム,いわゆる戦闘もの(シューティング形式の)。内戦が続いたカンボジアでも,おじさまたちがそんなゲームを楽しめるようになったくらい平和になった,と考えるべきなのか,どうなのか・・・。「職:ウドムもやるか??」「私:う~ん,いいや~・・・」そんな会話でした・・・。

 とそんな愚痴ばかりでは仕方ありません。「とにかくあせらない。あわてない。」が自分に言い聞かせているテーマです。そんなわけで今日の収穫を3つ。
①8月にスカウト関係のキャンプに引率できることになりました。8月22日~26日。アンコールワットのあるシェムリアップまで行けるそうです。やりました。仕事です!! 全土から同じような高校生たちが集まっていわゆる「リーダー研修会」のようなトレーニングをすることになるのだと思います。カンポットからも高校生が男女合わせて6人参加するそうです。今から楽しみで仕方ありません。

②「カンポットの教育の現状」の資料も,ついに「青少年活動分野」にまでたどり着きました。少しずつ自分の中心的な活動となる「ユース評議会」の実態がつかめていけそうです。たまたまそこにトゥーイが登場。彼はいわゆる高校の生徒会長で,その仕組み・組織についてもだいぶ詳しいので,いろいろと聞いてみました。各学校にちゃんとそうした組織はあって,いわゆる生徒会本部(プロティアン<会長>,アヌプロティアン<副会長>,専門委員長8人)などが存在します。専門委員長は,日本と同じように環境分野とか,規律分野などに分かれいるそうです。バッジとワッペンももっていて,日本のそれよりもむしろリーダーとして目立つ物質的な条件はそろっているかもしれません。また,各クラスにも委員長や班長の組織があって,日本の中学校でやってきたいわゆる「班長会」のようなものも存在します。ただ,トゥーイいわく,「あんまりクラスのほうは機能していないかも」だそうです。また,「どれくらいミーティングをしているの?」と尋ねると「3か月に1回」とのこと。「え~!!!」と驚いたら彼も「月に一回くらいは必要だと思うけど,国の指針で3カ月に1回なんだって」と返答。う~ん。。ちょっとずつではありますが,課題が見えてきます。

③仕事ではありません。夕方仕事を終えてジョギングをしていると,職場の課長ブッティ先生が「おーいウドム」と呼ぶ声が。ちょっとした広場で,カンボジアのおじさまたちに流行しているスポーツ(?)「ペタンク」を観戦していらっしゃいます。(「ペタンク」は,鉄球を投げてねらいに近いところにおけたほうがいいというゲームです。)「ウドムもやっていけば?」というわけで,一緒にやらせていただきました。初めてです。ねらいにもっていくのが,かなり難しかったですが,チーム戦で教えてもらいながら楽しくやることができました。

<今日のカンポット>
 「カンポット」らしいわけではありませんが,ゲストハウスで初めて「トッカエ」という巨大トカゲ(?)を拝見しました。かなり気持ち悪かったですが,怖いもの見たさで写真まで。以前夜に「トッカエ」という鳴き声を聴いていて,例のゲストハウスの子に「見たことないんだよね」と話していたら「ボン(兄ちゃん),壁にかかっている絵の後ろにいるよ」と教えてくれました。
tokkae
 20cmくらいありました。本当に気持ち悪いですが,声だけはかわいいんです。「トッカエ×∞」と鳴きます。日本のクメール語の先生,ティ先生もそれについて1時間くらい熱弁していましたが,トッカエも年をとると(?)のどに肉がたまり声が変わります。そうするとそれを聴きつけたトッカエよりも小さいヘビが,トッカエの口の中にはいって,そのたまった肉を食べてくれるそうです。そうすると,再びトッカエはかわいい声になるんだとさ。


暇。。。

今日まで高校卒業試験のため,職場に行っても誰もいません。したがってお休み。タイトル通りの一日でした。

観光地のカンポット。昨日はどこかに観光でも行こうかと思っていましたが,雨季で雨は多いし,観光スポットもあまりシーズンではないようだし,結局ほぼゲストハウス生活になってしまいました。

やったこと。
①クメール語。日本で買ってテキストを進めるのと,資料の解読作業。一応続けていますが,全然頭に入ってこない。。。
②読書。日本語の本です。これまた活動の役に立つかなー,日本に帰ってからも役に立つかな~という思いで買っておいた「ピア・サポート」という本。はやりの「ソーシャルスキル」をさらに体系的にまとめて,ひとつの教科化を目指そうとしている取り組みの紹介です。「教科化」はいかがかと思いますが,学校における「ガイダンス」機能を高めるために,総合的な学習の時間,道徳,特別活動をまとめた内容を提唱しています。まだ読み始めたばかりですが,仲間同士の成長を促すこの「ピア・サポート」,カンボジアの青少年活動推進の考えに通じるものがあると思いました。もちろんこのまま使えるわけではないと思いますが,自分が知っておくことに大きな意味があると思いました。
③銀行口座の開設。プノンペンで口座を作った「ANZ銀行」は,カンポットにはありません。したがってこちらにもある銀行の口座を作ったほうがいいのでは,と調整員の広瀬さんに勧められ,「CANADIA BANK」の口座を開設しました。こちらはキャッシュカードを作ったりするのに6ドルかかったりと,開設者の負担が結構大きいように思いました。それでも,大量の現金を持ち歩くのはとてもイヤなものなので,開設しました。
④ギターの練習。こちらも毎日やっています。続けることが大事だなーと感じています。普通の4拍子のリズムでの弾き語りはだいぶ慣れてきましたが,違うリズムにすると難しい。頑張ります。
⑤ジョギング。食べてばかりの生活ではダメ。そして何より「アンコールワットマラソン」に出るという目標を達成するため,という思いで少しずつ始めてみました。今日は違うコースに行ってみようと思ったら,思いきり犬に追いかけられました。怖かった~。。。かなり疲れているのに,超ダッシュができました。やるもんですね。。

 と,協力隊活動とあまり言えない一日ですが,だんだんとこうやって慣れていくのかなと思います。

<今日のカンポット>
 今日は街を流れるコンポンバイ川で釣りを楽しむおばさまの姿。会話「私:釣れる?」「いいや」「私:魚いるの?」「いるよ,△%○※◇」「私:海の魚?」「そうよ」(10分経過~釣れず)「私:じゃ俺行くよ。ありがとね」「チャー(はい)」 景色がいいときの写真も載せておきます。素敵な眺めです。うまくいけばこの川をいつも眺められる部屋に移れます。カンポットの好きな風景の1つです。
川でつり

川

kawa

プノンペンに行ってきました。

 昨日今日と仕事がなかったので,といってもほぼ毎日仕事がない状態ですが・・・,高校卒業試験のために職員がみんな総出しているので,「ウドムは休んでいいよ」というお言葉に甘えてプノンペンに戻ってきました。

 カンポットからは4つの会社がプノンペンまでのバスを用意しています。うち3つはケップ(海のある素敵なリゾート)を経由してからなので,若干時間がかかると先輩隊員YOUHEIさんに伺ったので,サラマウント社のバスに乗ってプノンペンに戻ることにしました。14000リエル(約3.5ドル)で約3~4時間の小旅行です。

 途中ものすごい人だかりができているところを何度も通りました。尋常でない人の数と,モト(オートバイ)の数です。「何が起きているの??」と隣のおじさんに聞いたら「プロローング(試験)」とのこと。「あっ,そうだよね・・・ でもこんな大騒ぎとは思わなかったよ」ってな感想です。イメージでいうと日本のセンター試験会場周辺です。会場は各高校ですが。写真を撮ろうと思ったのですが,タイミングを逃してしまったので,また来年撮りたいと思います。それなりに身なりを整えた感じの高校3年生たちが,3日間にわたって10教科(と言っていたような)の試験を受けるそうです。その結果が,大学やその後の奨学金のようなものにも影響するらしく,人によっては本格的に準備をして臨むのだと思います。

 さて,プノンペンに来た目的は大きく2つ。1つは電子辞書の購入です。クメール語⇔英語の。2つめはシニアのオカンの新居を見てみること。
 1つめは,日本語辞書だけでは対応できない単語がいくつかあること,それから調べられても発音がわからないので,音声機能付きだと作業がはかどるかな~と思い,奮発しました。プノンペン屈指の大型スーパー「ソリアマーケット」に行って購入しました。カンポットではどうあがいても手に入らない代物です。いくつか置いてありましたが,中レベルのものを190ドルで購入です。超円高らしく,タイミング的にもよかったかなと思いました。宝の持ち腐れにならないように精一杯語学力アップに努めたいと思います。ついで本屋さんで,小学校低学年ようのクメール語の教科書と,7年生(中学校1年生)用の社会科の教科書,日本語指導書(「みんなの日本語」)も購入しました。それぞれ2ドル程度で買えました。前者2つは自分用,後者は例の日本語指導ができるようになったら用。少しずつ少しずついろんなことに挑戦したいと思います。
▼買ったもの。
買ったもの

 2つめ。シニアのオカンの新居へ訪問。JOCVにとっては本当に母親のような存在で,チームの一種の要かもしれません。これからも長いお付き合いにしたいと思う人です。カンポットの名産のコショウと,プノンペンのおしゃれワイン屋さんでワインを買ってお邪魔しました。JICAオフィスすぐ隣の高層住宅で,かなりリッチなお部屋でした。カンボジアを感じさせない素敵な住居で,驚きました。ビールに,ワイン,タケオ州と名古屋大学が共同開発したという焼酎をご一緒しました。日本を思い出すお料理も堪能しました。おいしかったです。感動したのはコシヒカリ(ベトナム産)のおいしさ,ふりかけ,さばの味噌煮缶,なめたけ,サケフレークのありがたさです。久ぶりの和食に満たされました。
 食べ物だけでなくて,この方の人生観というか行き方にものすごく惹かれるものがあります。とにかく自分の人生を楽しんでいる。と書くとすごく薄っぺらい表現ですが,「せっかくの人生,楽しもうじゃん」というその姿勢が,すごくサイクルを生み出していると思いました。出会った人を大切にしていて,そのネットワーク,つながりの密度が濃いのかなと思います。まさにこの協力隊活動で大切にしたい姿です。カンボジア人に近い発想というか,姿な気がします。

<おまけ>
 プノンペンで先輩がたとおしゃれなアイスクリームを食べに行ってまいりました。「ブルーパンプキン」というチェーン店ですが,かなりのおしゃれカフェです。カンボジアとは思えない素敵な内装でした。純白のソファーにクッション。何かの撮影をしていそうな不思議空間でした。客もほとんど西洋人。店の中だけパリでした。アイスクリーム2つで2.5ドル。こちらプライスではかなりの高額。でも,滅多に来ないプノンペン。贅沢しました。
アイス

<プノンペンで発見×2>
 ↑のカフェの1階部分にあった本屋さんで,「カンボジアの面白交通」みたいな写真集があって立ち読みしていたら,「確かに」と思えるカンボジアらしいびっくりな姿が載っていました。その帰り,これもその一つと思ったのが↓。あまりインパクトはないですが,日本ではあまり見られません。
idoutyuu
 もうひとつ。帰りのバス乗り場にて。ほぼ故郷の熊谷駅と同じ冷却ミストです。暑いから,その対策。涼しかったです。
冷却

<今日のカンポット>
 というわけでカンポット到着後の街の様子です。素敵な夕景でした。
夕景

ロアムロアム!(踊り踊り踊り~) 

 今日もお休みです。完全週休二日制です。今はお休みよりも,何か仕事がほしいのですが。。。
 と嘆いていても仕方ありません。
 「青少年活動」という職種のいわば運命なのかもしれません。派遣前訓練でも,専門家の方がおっしゃっていました。他の職種に比べて何のためにいるのかよくわかんなくなるときが多いし,自分の仕事を見つけるの時間はかかるし,「技術移転」なんてかなり厳しい分野だよと。。。
 だから,あせっていません。まったくあせっていません。埼玉県の壮行会でも5つの「あ」で始まるキーワードをあげてくださいました。その中にも「あせらず」「あわてず」が入っていました。地道に自分ができること,すべきことを見つけていきたいと思います。

 ってなわけで,今日も「青少年と文化の家」へ。なんだかんだで狭い街なので,ちょっと遠出でもしない限り結局いつもの場所にたどり着くわけですね。でも,そこでちょっと居場所があるのがうれしいです。行くとみんなが「ウッドム」とか,「タカシ」ようこそ~ みたいにウェルカムな雰囲気です。他の隊員と違って,自分の活動本拠地に子どもがいるわけではないので,そういった場所があるのは実にありがたいです。ちなみに,そこだけでなくて,街を散歩していると,ところどころから知っている人が声をかけてくれます。そういう温かさが,カンボジアなんだなぁと感じています。知っている人たちが有機的につながっているので,聞くところによると,カンポットは犯罪が少ないらしいです。例えば自転車の盗難とか荷物のおきびきとか。もちろんもっと大きな犯罪は言わずもがなですが。でも,まだ自分はちゃんと自転車にカギはかけているし,荷物は後生大事に抱えています。

 ってなわけで今日は日曜日なので,先週に引き続き「ロアム」の練習です。足のステップと手の動き,それぞれは理解できるのですが,一緒にやるとこれがまたかなりきつい。落ちこぼれになりかけています。でも,毎週かよってがんばってマスターしたいと思います。↓が伝統舞踊「サル」です。サルになりきります。これがまた難しい。。。
サル

 午後もお誘いがあって,特に他に行く場所もないので,結局同じところへ。例のフランスのメンバーが多分「救急法」についてレクチャーしてくれました。火がついた人,交通事故にあった人,のどに何かがつまった人を救う,という内容でしたが,完全にショートコントになっていました。。。その後は,いくつかのゲーム(日本でもやったことのある「ウィンクキラー」とか)をみんなでやりました。これも本当に高校生の男の子たちも一生懸命やるんですね。すごく楽しくて素敵な雰囲気でした。レクレーションのようなもの,自分もクメール語で説明できるようにしたいと思いました。その後は高校生たちとおやつを一緒に。「キイウ」といういわゆる春巻きを食べました。揚げたてでおいしかったです。みんなでくだらない話をしてました。明日が試験の子もいるのに,大丈夫なんでしょうか?? でも答えは決まって「オッパニャハー」。
おやつ

 <今日のカンポット>
 カンポットというわりには,カンポットの街の様子を載せていなかったので,今日は街のシンボル。中心地にあるモニュメントを紹介します。モニュメントにはなんと・・・
ドリアン像
 そう,巨大ドリアンです。夜は微妙にライトアップされています。さすがカンボジアのフルーツ王国,カンポットです。ドリアンだけではなく,ランブータンとか,いくつかの果物が一緒に設置されています。

 <おまけ>
 ゲストハウスの子どもたち。なんと,彼ら6歳にしてビリヤードの腕前がなかなか達者です。自分よりもうまかったです。。。元フランス植民地時代のリゾートだからなのか,プノンペンよりも,ホームステイで行ったコンポントムよりも,いたるところでビリヤードを見かけます。そんな生活ですから,6歳でも上手になるんですね~
ビリヤード

 明日は職場に行っても誰もいないので,プノンペンにあがって買い物をしてきたいと思います。「カンボジアのおかん」(シニアの陽気なお姉さま)の新居に行って,日本食もご馳走になってきたいと思います。では。

運動会!?

 今日はお休み。たいして働いていないのに,お休みというのがどうも変な感じですが,職場に行っても誰もいないので,自分なりに充実したお休みの使い方を考えていかなければなりません。せっかくなら,カンボジアの人とたくさんお友達になっていきたいので。

 今日は,例の「青少年と文化の家」でフランスのスカウト活動のメンバーが企画した「運動会」(オリンピックゲームと呼んでいました)があったので,お邪魔させていただきました。敷地内にはスペースがないので,街のちょっとはずれにある「オリンピックスタジアム」(と言っても芝生だらけの原っぱですが)で行われました。
 綱引きや障害物リレー(?)など日本でもおなじみの競技をたくさん企画してくれていました。地面がぬかるんでいて,綱引きどころではないのですが,みんな泥んこになりながら,一生懸命やっていました。自分もはだしでやっていましたが,後半アリに刺されてかなり痛くなってしまいました。。。
 印象的なのは,小さい子ども(日本でいう小学校低学年くらい)から,高校生(といっても二十歳前後?)くらいまでのみんなが,本気になって楽しんでやっている様子です。しかも高校生たちの勝ちたい気持ちがとても強く,小さい子たちの面倒をよく見ながら,それなりの作戦を考えているのがとてもほほえましかったです。そして勝つと,めちゃくちゃ嬉しそうに喜びます。日本の学校の体育祭を思い出しました。
 ちなみに,年齢バラバラで4チームあり,自分も「チーム4」に所属していましたが,なんと優勝しちゃいました! ちゃんと表彰式まで用意してあって,チョコ入りメダルにひもをつけたメダルを人数分用意してくれていました。フランススカウトメンバーに感謝です。あれだけの子どもたちの笑顔を見れたのが自分もすごくうれしかったし,何より自分の活動のモチベーションにもなりました。自分はぜひあれ以上の企画を,生徒たち自信の力で運営できるような運動会を,カンポットの学校で開いていきたいと思いました。
▼綱引きです。足元不安定でズボンがドロドロ。でもみんな「オッパニャハー」(問題ないさ!)
綱引き
▼おなじみ組体操。目指せアンコールワット!
kumitaisou
▼表彰式。みんなで記念撮影。優勝です。
運動会1

<今日のカンポット>
 ゲストハウスで一枚。ヘタの物好きでギターを練習していたら,ゲストハウスご一家の子どもたちがノリノリで近寄ってきました。リズムに合わせてダンスを踊っていました。写真を撮りたかったけど,手が離せませんでした。一曲終わって写真を向けたらまったくダンスせず・・・。しょうがないのでギターを渡してハイポーズ。その後は難しいクメール語の発音練習を一緒にやりました。二人とも6歳だそうです。
guiter

<おまけ>
 実は昨日職場の先生のお誘いを受けて夜にビールを飲みに行きました。そこで,つまみは何となんと・・・うさぎの肉。おいしかったですが,骨が多くて食べずらかったです。味付けが濃かったので,肉自体の味はよくわかりませんが,けっこう柔らかったです。ちなみに,「ABCビール」というのをいただきましたが,これがまた強い。8%でした。
うさぎ

 今日も午前中はワークショップの続きがありました。今日は,ほぼカウンターパートとも言っていいチェンダップ先生の「リーダーシップとは何か」に関するお話でした。
 やはり正直何をおっしゃっているのか,口頭からはほぼわかりませんでした。お話中失礼ながら資料を辞書を片手に読みあさる感じでした。途中,何かの「5L」というお話があり,そこだけメモを取れましたが,「1.LOOK → 2.LIKE → 3.LEARN → 4.LOVE → 5.LIVE」とあります。地域に関する愛着のお話だったのでしょうか?? 資料を読み進めるにあたり,少しずつではありますが,文章中の言葉もなんとなくわかってきているのがうれしい今日このごろです。
 しかし,ちょっとびっくりしたのが,このワークショップの閉会まぎわの様子です。市の教育事務所の副課長の女性の先生が何やらおもむろにお金を取り出し,一人20000リエル(約5ドル)を参会者の一人ひとりに配っています。参会している高校生たちもうれしい様子・・・。後で聞いたら,ワークショップの参会者には,交通費や食事代という名目でお金を支払っているとのこと。国の教育省からお金が出ているのだそうです。日本では,聞く側がお金を支払うことがあっても,なかなかお金をもらうということはないので,驚きました。自主的にこうしたワークショップに参加しているのかと思ったら,実はお金がもらえるという目的もあったんですね。。。お金をもらわなくてもこうした会に人々が集まれるような仕組みがあるといいのかなと思いました。
▼参加していた高校生。かまうとおもしろいです。みんな「サル」ということになりました。「今度俺らの学校に きてよ」ということで遊びに行きたいと思います。
saru

 そして午後は,いつもの事務所で読解作業の続きです。カンポットの教育事情の続きを読みました。今日は疲れたのでその成果はまた後日書きたいと思います。
 ちなみに,今度の月曜から水曜日まで職員の先生方は,試験監督であちらこちらに出張らしく,誰も事務所に来ないとのこと。「ウッドン(私のこと)はどうする?? どこかに遊びに行っていいよ~」とのこと。そんなわけでお休みをいただくことにしました。プノンペンに戻って,英語⇔クメール語の電子辞書を買いに行こうかと思います。

<今日のカンポット>
 昼食でほぼ毎日お世話になっている定食屋さんです。店先にたくさんの鍋がならんでいて,好きなものをお願いするとお皿にとりわけてくれます。野菜が不足しがちなので,あえて野菜系のメニューを頼んでいます。ちなみに今日は豚肉入り野菜スープとがんもとレバーの野菜炒め,ご飯つきでなんと3000リエル。つまり1ドル以下。日本円で約60円。安いです。お腹いっぱいです。おいしいです。しかもお腹は壊していません。
▼大反響のおいしいお店とそのおかず。
昼食1  朝食2

ワークショップ!

 今日は,ついに青少年課の建物以外でのお仕事というか見学になりました。うれしすぎでした。
 場所は,カンポット市(州ではなく)の教育局に併設されている学校の敷地内です。何のワークショップ(といっても今日は講義がほとんどでしたが)かというと,ユースのボランティア活動に関するさまざまな内容を説明するというものです。午前午後それぞれお二人の先生方がもちろんクメール語で説明をされました。さすが,「青少年課」の先生方,ところどころに笑いを織り交ぜて,聞いている側を飽きさせない工夫をされておられました。といっても,もちろん内容を理解することなど到底できず,周りの反応を見ての感想ですが・・・。対象は,州内の高校段階の11年生,12年生の生徒さんを中心に,おそらく学校を卒業しているであろう若者たちが数人いたように思います。
ワークショップ1 ワークショップ2
 具体的な内容として伝わってきたのは,「ボランティアとは何か?」的な内容,「チームワークの意義」的な内容,「環境問題との関わり」的な内容でした。英語で説明をしているところと,絵や写真を使って説明をしているところはかろうじて,意味が伝わってきました(時代はパワーポイントなんですね。驚きました)。印象的な言葉はチームワークのところで出てきた「The speed of the Boss is the speed of team」です。青少年課の仕事の1つによき「リーダー」を育成するということがあるのですが,リーダーの力はそれだけ影響力があるということなんですね。
 いつかは自分もああいったプレゼンテーションをすることができるのかどうか,・・・いややってみたいと思います! 
 さて,今日は哀しいニュースも一件。職場の同僚の先生のお母さまがお亡くなりになってしまいました。そしてそのお通夜にも参加させていただきました。64歳とのことです。ご冥福をお祈りします。カンボジアの式は,若干日本と異なるところがありました。まずは服装。自由です。一応「白」らしいですが,特に指定はありません。次にお坊さんはいません。お焼香もしませんでした。ミュージックが流れています。みなさん,気丈にふるまっているのか哀しいそぶりは見せていません。そして↓のように人差し指に赤い糸をつける習慣がありました。白と黒の布で周囲を囲むのは同じでした。明日はお葬式,多分火葬をされるとお話をされていました。
osousiki
<今日のカンポット>
 ワークショップ先の学校では,いわゆる「校内販売」がありました。パンや果物,生徒がたくさん集まっています。
構内販売

 

日々ひきこもり・・・だけど・・・

 本日もおそろしくいつもと変わらず90%ひきこもり生活でした。でも,今日は出張で忙しかった課長さんたちも職場にいらして,いつもよりは多少にぎやかな青少年課でした。出張は,前も書きましたが高校段階にあたる試験の関係だということは伝わってきたのですが,それ以上の内容がよくつかめずじまいです。ちなみに,今日は他の課の建物の前にも人だかりがあって,聞くところによると(わずかな聞き取り能力の末に,勝手な理解に至ったのは…)先生方が試験の場所の確認をしているらしいです。違うかもしれません。↓です。
出張?

 さて,お約束のとおり,資料の読解の成果を著しておきたいと思います。自分の復習のためです。今日はついに「青少年センターの意義」を読み終わり,「カンポットの状況について」の資料に移りました。前者の続きのまとめを書こうと思ったのですが,事務所に忘れてきたので,後者の最初の部分をまとめておきます。

<カンポットの地理学的状況>
「カンポットは,地理学的にいうとカンボジア王国の首都プノンペンから南西に148kmほど離れたところに位置 している。カンポット州は次のような境界を有している。東はタケオ州,西はシハーヌークビル,北はコッコン 州とコンポンスプー州,南はケップ州と,ベトナム社会主義共和国である。
 カンポット州は,農産物面積が143000ヘクタール。塩田面積が3261.77ヘクタール。海外線の距離がケップ州の17kmを含んで93km。人口の合計が619559人。うち女性が318164人。人口の大半が塩を生産する農家と漁師という職業についている。
 カンポット州には,7つのスロク(郡)と1つのクロン(都市),87のコム(郡の下位行政区分),5つのソンカット(都市の中の区分),487のプーム(村)がある。
 工業分野では,セメント工場,肥料の工場,塩の生産,魚醤の生産を行う小さな工場がある。
 また観光分野では,タクチョーやボーコー山,コンポントライ山,新しいケップの海岸などのリゾート地がある。」

 と,まあ「地球の歩○方」に書いてありそうな内容でした・・・。にしても,クメール語で困ったものなのは,日本語でいうと同じ意味の言葉,例えば「職業」という意味をもつ言葉が異様にたくさん出てきます。こっちの人たちも分かっているみたいで,わからないところを質問すると,「〇〇」と同じ意味だよ,なんて答えてくださいます。
 ここで,タイトルの意味。いつもと同じの日だけど,今日の自分にとっての一番のニュース。それは明日,なんと・・・なんと・・・・・・,初めて一緒にワークショップに連れて行ってくれることになりました!!いよいよ出番です。といっても,絶対に話していることの99%は理解できないと思います。それでもいいんです。ようやく仕事時間にあの部屋以外に行けるのですから・・・。

<今日のカンポット>
 仕事時間が終わってからは,チェンダップ先生の英語の授業に一緒に行っています。今日で三日目。子どもたちとの距離もかなり近くなってきています。そんなわけで,今日の写真はいつも隣で学習しているサイミンくんです。
サイミン
 彼は英語の勉強。自分はそれをクメール語にする勉強。12歳です。語学的にちょうどいい相手です。初日は先生にしつれいなくらい落ち着きがない奴でしたが,隣に行って「そうそう」「上手!」とか言っているとやっぱりうれしいみたいで一生懸命やるようになってます。ムスリムだそうです。カンポットにもたくさんイスラム教徒がいるようです。唯一知っているアラビア語「ラーイラーハイラッラ」(アッラーは唯一の神なり)を言ったら,通じたのか喜んでいました。
 カンボジアでも,やはりこれからは英語を話せることが1つのステータスになっていくそうです。いい仕事につくためには,やはり英語だと言っていました。
 日本でカンボジアの学校に対してもっていたイメージは・・・「カンボジアの子たちは,目を輝かせて授業に臨んでいる!」って感じでしたが,結構それぞれの私語が多い感じです。。。でも,素直に学習しようと姿勢はすごく伝わってきます。本当に素直です。先生の投げかけに対してまっすぐに答えようとしている様子が伝わってきます。

 自分も子どもたちと早く一緒に活動したいと思いました。
 


ひたすら学習

 今日も90%ひきこもり生活です。職員もいつもの同じのお二人です。そして完全に自分がカギ当番になっています。来たばかりの外国人に普通にカギを与えてくています。というか,よく聞いてみるとお二人の職員はカギをもっていないらしいです。・・・。その寛大さ,さすがカンボジアだと思いました。職員の方々も暇なので,自分のヘタな文章音読につきあってくださっています。
 おかげで,「青少年活動の意義」のプリント解読が順調です。というか,完全に勘違いしていて,今呼んでいる文章は「青少年センターについて」でした。まあ,内容は「青少年活動について」なので,気にしないで読み進めています。
 というわけで,自分の復習のために要点をいくつかまとめておきたいと思います。単語はなんとか辞書で調べられますが,それを文章にするとホントに難しいです・・・。
<青少年センターの目的>
①自分自身,家族,地域の人々,祖国のために学んでいるということをよく考える意識を高める教育を行う
②地域内でのボランティア活動への意識をはぐくむ
③青少年の能力を発展させるにふさわしい新しい知識を学習し,よく理解する
④それぞれのセンターの状況と可能性によって,熟練した能力をはぐくむ
⑤青少年への教育で,高貴な意味をふくむ健康や生命の問題について理解させる
⑥青少年や子どもたちの教育におけるあらゆる分野の繁栄のために,それぞれの経験を交換しあう
 …と書いてみるとたったこれだけなのですが,この解読にどれだけの時間が費やされたか・・・ 要は「目的」なので,いろんな願いや期待,想いがあって,「青少年の集うセンター」が求められているということが伝わってきました。
 以前に書いた調整員の広瀬さんのお話を思い出します。この国は約30年前に,そうした伝統や文化をめちゃくちゃにされてしまったこと。そして将来を創造し,明るいこの国の未来を築いている青少年の育成が大事なわけです。
 そんなことを考えつつも,実際は青少年課にずっとひきこもっている自分の姿があるわけです。わかってはいたものの,やはりすることが何もないというのはつまらないですが,何より今は活動のための語学語学語学です。頑張ります。

 ここで毎日同じような内容になりそうなので,<今日のカンポット>なんてテーマで,その日のお気に入りの写真を載せていくことにします!
 記念すべき第1回目の今日は,題して「スクール自転車」。おじいちゃんが運転する学校の帰り道です。おじちゃんおつかれさまです! カンポットの子どもたちは外国人なれをしているので,会うと気さくに「ハロ~」です。かわいいですね~
帰り道1 帰り道2



日常化??

本題に入る前に,書き忘れていたことを3つ。
 
 その1。自転車を買っていました。日本で使用されていた中古です。40ドル。防犯用「埼玉県警」のシールが貼ってあります。中国産の新車もあったのですが,すぐ壊れるらしく,日本の中古にしました。どうやって手に入れたのかは謎です。↓です。お手伝いの子どもたちがあっという間に準備をしてくれました。
自転車

 その2。髪を切ってもらっていました。5000リエルすなわち約100円。多分こっちにしては高いほうかもしれません。。。初めてだったので,さすがに路上の掘っ立て小屋は怖く,一応お店を構えているところに行きました。といっても,ほとんどオープンテラスです。「かっこよくして」と言ったら,笑ってました。なんで?? でもテクニックは結構上手で,日本で切るのと同じような感じになりました。
床屋

 その3。貸家を探しています。今日で一応3つ見つけたので,さっそく調整員さんに書類を送ろうと思います。一番のお気に入りは川沿いの2階部分。窓からは,カンポットの素敵な風景がみられます。一階に降りれば,カンポットの世話好きおばちゃんが見られます。先輩隊員が住んでいたので,多分許可が下りると思います。早く移動したいです~

 さて,今日の生活。予感していた通り,90%があの職場にひきこもりでした・・・。。。職員さんも二人しか来てません。。。おそるおそる「仕事は??」と聞いてみたら,やはり「今は暇なんだよ。でも新学期の10月になったら忙しいよ」とのこと。。。。。てなわけで,とにかく今は勉強だと思い,例の「青少年活動の意義」なるプリントの読破に励みました。かなり難しいです。同僚の先生に質問しながら,地道に語学力向上を目指しました。でも,そんな話の中でいくつかわかったことなどがあったので,忘れないうちにそれを3つ書いておきます。

 その1。カンポット州立の「青少年センター」の立地予定地はあるのだけど,全然予算が下りてこないので,まだ土地だけしかない,ということ。やはり昨日書いた「若者と文化の家」はフランスの組織によるものだから,じゃっかん役割は違うよ,と先生は言っていましたが,どうなのでしょうか??? ↓が一応予定地です。看板には「マッチャオンドルユーヴィッチョン」と書いてあります。いつ完成するのでしょうか・・・?
センター予定地

 その2。一番自分のことを面倒見てくださっているのが,チェンダップ先生。38歳で,青少年課の中ではお若いほうです。先生は,小学校から高校まで全段階で先生をされてこられて,今は教育局に勤めていらっしゃるそうです。ただ,それでもカンボジアの教職員のお給料は安いらしく,家族を支えていけないので,勤務終了後の5時から近くの学校で,英語のプライベートスクールを開いておられます。いわゆる日本でいう「塾」ですね。2回に分けて,小学校低学年用と高校生用くらいの授業をもたれいるそうです(ちなみに,一人1時間600リエルでした)。今日は小学校低学年用の授業を見学させていただきました。今日は,「WHEN」を使って,「季節」や「曜日」,「月名」などを説明されていました。自分には,その説明をしているクメール語のほうが難しかったのですが,これもいい勉強になると思い,毎日通ってみたいと思います。いや,いつか自分でも授業ができるようにしたいと思いました!!
英語の授業

 その3。職務時間のクメール語学習の合間に,日本の学校の様子を聞かれたので,学校の写真をお見せしました。その中に,たまたま前任校の体育祭の写真があり,それをたどたどしくクメール語で説明しました。「チャンス」と思い,「同じようなことをカンボジアでもやってみたいんだよね」と話したら,あっさり「OK。いいアイディアじゃないの? 手伝うからやってみなよ」(勝手な解釈)とそんな受け止め方をしてくださいました。してやったり。そんな目標を達成できるように,今は確実に語学力アップを目指そうと思います。

充実の日曜日。青少年活動???

 今日は日曜日。お休みです。今日はたくさんやったこと,考えたことがあったので,充実しました。

 まず午前中ですが,勤務先のすぐ隣にある「カンポット:青少年と文化の家」(正式名称はクメール語で,フランス語で説明がされていたので,訳名は曖昧ですが…)を訪れました。ここは,おそらくフランスの支援を受けて設立された青少年育成センターのような機関で,パソコンルームや勉強ルーム,ちょっとした運動ルームなどがありました。常勤の先生方もいらして,集まる子どもの数も多く,下は小学生くらいの子から,上は学校を卒業した20歳くらいの青年たちがいました。
▼施設の上階から撮った写真です
文化センターから

 さて,なぜそのセンターに行ったかというと・・・赴任初日に勤務先に遊びに?いや用があって来ていた19歳の11年生トゥーイ君との約束があったからです。彼は,カンポットの???郡(ききとれませんでしたが中心部から約10km離れたところ)にある学校の生徒会長のような存在で,日本でいうボーイスカウト運動にも関わっている好青年です。彼が毎週日曜日にこのセンターでダンス(というか伝統芸能的な踊り)を練習しているので,一緒にやらないかと誘ってくれたのです。
 そして今日センターに行ってみると,たくさんの年齢層の子どもたちや,フランスからスカウト運動で来ているフランス人,そして踊りの先生お二人がいらして,踊りの練習がスタートしました。クメールの伝統舞踊数種をたくさん教えていただきました。CJCCでもパンタ先生からちょっとだけ教えていただいた動きのものや,サル?の動きをまねたもの,水田で魚を取るようすのものなどです。踊り自体はそんなに速いテンポではないのですが,細かい手の動きや,足の筋肉を使うものが多く,マスターするのは時間がかかりそうです。。。
▼踊りの練習の様子(いろんな人が一緒にやっていて素敵な光景でした)
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▼休憩中の一間です(写っているのは高校生)
だんす
 
 このセンターの子どもたちといろんなことができそうな気がしました。また会話をして楽しんでいると,所長さんから「時間があったら日本語教室を開いてくれないか」ともお誘いを受けたので,ぜひ話をつめていきたいと思いました!!
 
 さてその後,トゥーイ君の家にいつか行ってみたいなと話したところ,今日でもいいよ~ということで,自転車で10km離れた彼の実家に一緒に帰ることになりました。途中までは国道なのでかなり整備されていましたが,ちょっと曲がるとそこには,「THEカンボジア」が広がっていました!! 道はデコボコ土色,見渡す限りの水田が広がっていて,牛さんの泣き声が響き渡る素晴らしい景色が広がっていました。片道1時間。彼はここから市街地までやってきたんだなーとその素朴さに感動しました。彼のお宅も本当にカンボジアスタイルで,ホームステイでは堪能できなかったその生活をちょっとだけ味わうことができました。また彼のお宅でご飯をご馳走になってしまいました。ご家族のみなさん,ありがとうございました。飼っている鶏をさばいて作ってくださったスープがとてもおいしかったです。
▼トゥーイ君のおうちとトゥーイ君。好青年です!!
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▼帰り道の「THEカンボジア1」地平線まで続く道。
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▼帰り道の「THEカンボジア2」稲作は年に2回の二期作です。
稲作

 さて,そこで考えたこと。日本の中学生の作文などにも,「やったことだけでなくてそこで何を思ったか書け」といつも言っているので,自分なりに今日の出来事から考えたことを書いてみます。
 まず青少年センターについて。コンポンチャムにホームステイ州,そこで活動する青少年活動のA先輩がこんなことを言っていたのが印象的でした。子どもたちが集まる「青少年センター」のようなものがあって,そこで子どもたちがいろんな活動するの夢であると。そういう意味で言うと,カンポットにはすでにそれがあります。箱物だけでなくて,活動する子どもたちとそれを支える大人たち,場面によってダンスのようなものを教える人もいる。異年齢のコミュニティがすでに完成状態にあるように思いました。つまり,自分がそこでそれ以上何をすることができるのか,ということです。今日ちょっとだけ思ったのは,やったことをどこかで発揮するチャンスが少ないのではないか,ということです。。。としたら,そうした機会を自分が創ることができればいいのですが・・・。そこら辺が,自分の今後の課題になるのかもしれません。
 またもうひとつ思ったのは,トゥーイ君はじめ,いわゆる生徒会活動の組織はかなりカンポットではできあがりつつあるということ。これは前任の方の功績だと思いますが,教育省のパンフレットに書いてある内容とうまく連動しているように見受けられます。トゥーイ君の通う学校は,かなり中心部から離れているにも関わらずそれができているわけですから・・・。そこで自分が思ったのは,組織ができているのならやはり彼らが活躍する場があるのか,ということです。活躍といったら日本では行事。そう「カンボジアで運動会を開く」,それも生徒会のような生徒たちの力を生かして。というのが自分の活動の夢になりそうな予感がしてきました。実はやはりチャムの先輩隊員とお話したときに,「カンボジアの学校行事は形式的なことが多い」「生徒会活動についてはかなり組織ができあがりつつある,そして与えられた役割についてはかなり忠実に実行している」「運動は大好きで,比べることも大好き」そんなことを聞いていたときから思っていたのですが,今日の出来事でますますそんなことを思うようになりました。

 というものの,あせらずあわてずじっくり活動を進めていきたいと思います。

任地カンポットへ到着! そして赴任開始!!

 おととい,ついに任地カンポットに到着しました。
 JICA調整員の広瀬さんと,ナショナルスタッフのボリンちゃんに同行していただきました。プノンペンを7時に出発し,予定では3時間程度で到着ということだったのですが,かなり整備された国道3号線と,かなり速度を上げる運転手さんのテクニックのおかげで2時間程度で到着しました。
 到着後,さっそく自分の勤務先となる「州教育局青少年課」と,前任の方が定期的に顔を出していたという学校2校にあいさつに伺いました。
▼州教育局のオフィスです(一応日本でいうところの県の教育委員会のはずですが・・・)
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▼そしてその隣にある青少年課・・・・・・。
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 青少年課には,課長さんをはじめ8人くらいの男性が勤めていらいて,赴任当日は多分全員の方の前であいさつをできたようです。「タカシ」という名前がどうしても「アカシ」になるらしく,カンボジア名「ウッドム」でいいよと言ったら,呼びやすいらしく全員から「ウッドム」と呼ばれることになりました。日本から持参した「富嶽三十六景」の「箸」と「コースター」をみなさんにお渡ししました。みなさん喜んでくださってよかったです。
 そこで職務に関するいろいろな説明を受けました。「州教育局」とは,日本でいうところの県教育委員会。といっても日本のような地方自治を尊重するような形ではなく,国の「教育・青少年・スポーツ省」(日本の文部科学省)の出先機関のような役割を担っています。州教育局の中にはいくつかの部局があり,たとえば小中高といった各学校段階の学習内容に関する各課や,会計課,計画課などの総務に関する各課があります。そして青少年課の果たす役割は,各学校段階の学習面以外のサポートや学校を離れたユース活動の全般の仕事を進めることにあります。
 とくにカンポットでは,前任の方が進めてきた生徒会活動の普及と同時に,新しくボーイスカウト運動のようなリーダー育成活動を普及させたいので,その支援を行ってほしいということでした。特に後者についてはこれからの活動の中心になるとのことでした。どんな活動が待っているのか,本当に楽しみです。(ちなみにカンポットには,カンポット市以外に7つの郡<スローク>があり,教育局はそのすべてを管轄しているそうです。)
 そしてさっそく翌日から職場に顔を出しました。勤務日は,平日月から金で,朝の7時半に職場に行き,11時には一度帰宅し,午後2時から再開となります。とはいうものの,今は何かの試験中で課長さんはじめ何人かは出張中。しかも,職場に来ている人もずっと外でお話中で,何をしているのかわからない状態でした・・・。カウンターパートが誰なのかもはっきりしていないし,職場に子どもがいるわけでもなく,↑の部屋にさっそくひきこもるような感じになってしまいました。。。仕方ないので,前任の方が残してくれた大量の資料(といっても全部クメール語・・・)を読み進めることにしました。まずは「青少年活動の意義」というプリントがあったので,辞書とにらめっこしながら,1時間2行のペースで読んでみました。まずは,どんな活動をやっているのかはっきりしないと活動も何もありません。本当は職員の方と一緒に各学校に回りたいのですが,それもできないのでしかたありません。語学力アップも狙って,しばらくはそんな毎日になりそうです。
 青少年活動先輩のアドバイスいわく,「青少年活動はなかなか自分の活動が見つけられないよ」「2代目は先輩隊員と比べられるよ」「1次隊は,すぐに学校が休みになるから自分の存在意義がなかなか見つからないよ」とすべて自分に当てはまっていますが・・・・・・・・・・・・・・,地道に頑張っていきたいと思います。










いよいよ任地カンポットへ

 いよいよ明日自分の任地であるカンポットに赴任となります。
明日の朝7時に,担当調整員の方がドミトリーに迎えに来てくださいます。
同期隊員の中でも,自分だけが南部への赴任となるので,みんなとは離れて一人での赴任となります。

 まだ見ぬ地,カンポットですが,とりあえず首都プノンペンから南西に約100km,バスで3時間ほどのところです。カンボジアの方の印象としては,海(タイ湾)に面していて,海の幸(カニやエビ)がおいしくて,果物(ドリアンやマンゴ)の名産地,コショーの名産地・・・なんてのが話に上がってきます。

 某ガイドブック「地球の●き方」にも一応掲載されていて,次のように書いてあります。「穏やかなカンポン・バーイ川沿いに開けた小さな町だ。古びたフレンチ・コロニアルの建物や市場跡はかつてのにぎわいを想像させるが,現在は道行く人影もまばらで,喧騒とは無縁の世界だ。町は,カンポン・バーイ川にかかるエンテアヌー橋を渡った東側に開けている。町なかには白い塔がたつロータリーがあり,そこを中心に商店やホテル,レストラン,マーケット,銀行などがそろっている。歩き疲れたら,川沿いに並ぶレストランで一休みするのもいい」

 と,そんなところで,1年9カ月の活動を行う予定となっているわけです。どんな出会いがあるのか,ワクワクドキドキです。明日は,赴任先である「カンポット州教育局青少年課」と,前任者が主に活動していた学校に表敬訪問となります。しばらくの宿は先輩隊員の方が手配してくださっているので,安心です。しばらくそこに泊まりながら,自分の住居を探すことになります。いい家が見つかるといいなと思います。

 今日は,そのための準備に追われました。荷物を整理し,足りないものをプノンペンで揃えました。「電圧安定器」や忘れてきてしまったデジカメの充電器を簡単に手に入れることができました。ついでに,セントラルマーケットで,Tシャツを3枚7ドルで買いました。ちょっとでもクメール語で話せると,会話がはずみ,値段交渉もしやすくなります。

 さてさて,そんなこんなでいよいよ明日。しばらくネットがつながらない可能性がありますが,きっと元気にやっていると思います。ではでは。

ホームステイ in コンポンチャム

久しぶりのブログ更新です。
 5日間,首都プノンペンを離れて北東に約80kmほど,バスで約3時間ほどの州,コンポンチャムに行ってきました。カンボジアの一般的なご家庭にホームステイをするのが目的です。コンポンチャムで活動する先輩隊員がそれぞれ適切なご家庭を選んで,自分たちのために準備を進めてくれていました。5日間,ものすごくたくさんの経験をして書きたいことが山ほどあり整理しきれていませんが,記憶が新しいうちに,書いておきたいと思います。派遣前訓練の成果を生かして,最初に内容を大きく紹介します。①「一般的なおうち」と言っても・・・②カンボジア人の一日,③コンポンチャムまでの道のり,④コンポンチャムの名所,⑤所感です。

①「一般的なおうち」と言っても・・・
 同期隊員が5人いて,同じ州内ですが,それぞれが別のご家庭にお世話になりました。自分がお世話になったのは,病院配属の某先輩の同僚であるポーランさんご一家です。一緒に生活していたご家族は,まずポーランさんお父さん84歳,お元気です。ポーランさんの兄弟姉妹,5人(女性4人,男性1人)。本当は9人兄弟ですが,他のみなさんはプノンペンやアメリカに行っているそうです。次にポーランさんのお嬢さんスライマイ6歳(ずっと自分の遊び相手です)。妹さんの旦那さんと,息子さんワッタナ8か月(おしめをしないので,おしっこETCをその辺でしまくっています)。お姉さんの息子さんルオッ20歳(思春期真っただ中で,お母さんともめてました)と,犬3匹(うち一匹サウマウはかなり凶暴で何度も吠えられまくりました…かまれるかと思いました)。というわけで,かなりの大人数です。
▼家族の一部の皆さんと
ポーラン一家
▼ワッタナの食事と,隣で見守る番犬サウマウ
ワッタナ
 さて,今日久しぶりに全員で顔を合わせてそれぞれの様子を話しあったのですが,自分のご家族は,というか家はかなり裕福だったように思います。他のみんなは,まさに「カンボジアの一般的な家庭」。彼らは「ウルルン」と表現していますが,木造のおうちで,床は木を並べた感じなので,床下が見える状態。水浴びは雨水をためた甕から。当然トイレは紙を使わないカンボジアスタイル。夜は蚊帳をしないと寝られない。市街地までかなりの時間を要す。電気はかなり制限・・・ という感じですが,自分のおうちは,二階建てで一部木造でない。完全な蚊対策が施されたタイル張りの個室をあてがわれ,水浴びはシャワーがあって,時間がたつと温水も出る。モト(バイク)を5台,トヨタの乗用車を1台保有しています。しかも立地は,市街地の中心よりちょっとだけ離れたところで,自転車で2分移動すれば市場やバス発着所に行けます。というわけで,あまり斬新な経験をしたわけでありませんが,おもてなしの心と素敵な笑顔が満載のホストファミリーで,ぜひまた遊びに行きたくなりました。
▼立派なおうち。
おうち

②カンボジアの生活
 カンボジアの皆さんは,とにかく朝が早いです。というかまずは鶏。3時か4時には,見事に鳴いて,目覚ましの必要性がありません。そして5時くらいにはみんな起きて活動開始です。朝ごはんはあまり家で食べないらしく,近くの小さいお店にボボー(おかゆ)やクイティオ(コメの麺,いわゆるフォー)を食べに行きました。そしてさっそく水浴び。仕事に行く人は,7時くらいには家を出ます。自分は,「ちょっと散歩でもしてこい」と言われ自転車を貸してもらい,ぶらぶらと街中に出かけました。戻ると「休め」と言われ,寝ることを勧められます。寝られない時は,娘のスライマイと一緒に持参したおはじきや,折り紙で遊ぶか,クメール文字の読み方の練習を一緒にしていました。そして昼ごはん。昼は,勤めに行っているみんなも帰ってきて,みんなで食事です。そして水浴び。再び働きにいくはずのみんなも「2時から」と言っていますが,出かけるのは3時過ぎでした。自分は,また「散歩に」と思いきや,午後は暑いから「寝ろ」ということで睡眠。寝られないときは,外に行って,カンボジアで大人気のバレーボールを近所の子たちと一緒にやりました。そしていつの間にか夕方。一緒に散歩にでも行くか,ということで,近くに流れる雄大なメコン川や,日本が友好のために建てたという「キズナ橋」などに案内してくれました。夕飯は,7時過ぎ。こちらも家族は大抵みんな一緒に食べます。おかずはお昼の残りが多かったですが…。珍しいものでは,孵化したての卵や,サワガニ。バナナの漬物がおかずです。ちなみに,カンボジアでは,バナナの種類が4つあるらしく,長いのから短いのまで,説明をしてくれました。おうちの裏では,育てやすいけど栄養満点のナンバーンバナナを育てています。食後はテレビ(SONYの薄型。最新です)で,主にお笑いかムエタイを見て,みんなでお話をしています。そして水浴び。9時過ぎか遅くても10時くらいにはみんな寝ます。
▼近所のバレーボール場。6面ありました。しかも2面は屋根付き。
バレーボール城
▼「キズナ」橋です。紙幣500リエルの裏側にも載っています。
キズナバシ
▼孵化しかけのうずらの卵。孵化したてのアヒルの卵も堪能しました。
うずら孵化

③コンポンチャムまでの道のり
 基本的にカンボジア国内の移動はバスが主流です。鉄道は一応あるらしいですが,ほとんど使用されていません。バス自体,日本や韓国のいわゆる「お古」で,まあまあの乗り心地です。しかし,やはり田舎へ行く途中の「国道」もデコボコだらけです。バスの中から撮影したので見えにくいですが↓な感じです。
道
 プノンペンとの地域間格差を感じました。それでもコンポンチャムは,フンセン首相とのかかわりが深い州で,手を入れられているらしいです。
 移動の途中,一同ドライブインのようなところに停まりました。そこでついに発見です。「アピン」です。「クモ」です。食用の「蜘蛛」なんです。もちろん食べませんでしたが。。。
kumo

④コンポンチャムの名所!
 ホームステイとは言え,「やはり旅先では名所を巡らないと」,ということで小旅行にもたくさん行ってきました。まずはコンポンチャムを流れる雄大なトンレ・メコン(メコン河)。朝日を拝みました。5時すぎに家を出て,メコン河の向こうに広がる大きな地平線から顔を出す素敵な朝焼けを観ることができました。
メコンの朝日
 続いて,植民地時代の遺産である天然ゴムのプランテーション。地理の教科書にはおなじみですが,自分の目で直接観るのは初めてで,とても興奮しました。巨大な森が広がり,天然ゴムの木に切れ目を入れると自然と白い樹液が流れ,それを加工すると自然のゴムとなります。近くには工場があり,工場見学もさせていただきました。工場内の職員さんたちはみんな親切で,話しかけるとその作業中のゴムを一部切り取って,自分にくれました。説明も「ボールを作るんだよ」というところだけは何とか聞き取れましたが,それ以外はほとんどわかりませんでした。それでも工場に入ってくる外国人相手にすごく親切に丁寧に話してくれてうれしかったです。一般的に「プランテーション」と聞くと,「負の遺産」のイメージが強いですが,ここでは重要な産業となっていて,それに「いやいややっている」というイメージでは語れない姿がそこにありました。
天然ゴム1 
 ワット。お寺です。歩き方には約200年前にたてられた「ワットノコー」や「プノン・プロ,プノン・スライ」という山に建てられたお寺が掲載されています。クメール建築の代表作の一つらしいです。当然そこを訪れmそして歩き方には載っていない,ハンチェという地区にある「ワット・ハンチャイ」には,お墓参りがてらホストファミリーが連れて行ってくれました。ものすごく見晴らしのいい大地で,そこに眠るみなさんもきっと安らかな気持ちなのだろうと察しました。
ワットノコーにて
ワットノコー
お墓参り,お坊さんにはお土産がいっぱい必要
お墓参り
 「名所」ではありませんが,忘れてならないのが,コンポンチャムの「異文化」です。カンボジアは,「単一民族国家」「仏教の国」とイメージしがちですが,そうしたイメージの中で忘れ去られてしまいがちなのが,いわゆる「少数派の存在」です。そもそも「民族」という発想やそれによる分け方自体あまり好まないのですが,一応一般的に「チャム人」と呼ばれる「イスラム教徒(ムスリム)」がコンポンチャムにはたくさんいます。本当は勝手に撮影してはまずい気もしたのですが,「今後の教材のため」と思い,撮影させていただきました。
ムスリム

⑤所感
 書く作業に疲れました。感じたことを3つほど。
 1つは語学の足りなさです。最終日になってちょっとだけコミュニケーションを図れてきた気がしますが,地元の人が使うクメール語は聞き取ることも難しいし,こちらの発音が通じることも厳しかったです。これからは,受動的な語学の訓練はないので,自分に厳しく語学力を高めていかないと,と感じました。
 次に,カンボジアの人たちの人間関係・結びつきの強さ,濃さ。家族はもちろん,近所づきあいのようなものもたくさんあります。子どものころから,そうしたたくさんの人とのかかわりを持つことは,大学時代にたくさん聞いた「社会力」(門脇厚司大先生の造語)の形成にとても大きな意味があるのだと思います。日本が失いかけている地域コミュニティがしっかり残っている,というか有機的に機能しています。
 そして,伝統や習慣を大切にしようとする気持ち。ホームステイ先のご一家でも,お母さん(おばあちゃん)をなくしたばかりでしたが,お墓参りやおうちでのお線香を絶やしていません。そうした文化の維持が,カンボジアのどこか「温かな」雰囲気を生み出しているような気がしました。

 以上です。

カンボジアでの青少年活動の意義とは・・・

 今日はCJCC最後の訓練の日となりました。
 ずっと懸念していたファイナルプレゼンテーションをとうとう終えることができました。ビデオカメラが2台,関係職員が約6人いる中で,5分の発表を行いました。やはり緊張して,途中ちょっとつっかえるところがありましたが,とりあえずカンニングすることなく,無事に発表できました。お世話になった先生方ともお別れとなりました。修了証と,すてきなクロマー(カンボジアの伝統的な布のこと)をプレゼントしていただきました。パンタ先生,ソティア先生,ありがとうございました!!
 その後,お昼は調整員の広瀬さんのお宅でご馳走になりました。広瀬さんは,プノンペンの空港で自分たちを出迎えてくださった方です。自分の直接の担当調整員でもあります。今後,たくさんお世話になることだと思います。広瀬さんのお宅は,市街地からちょっと離れていますが,とても素敵なアパートメントでした。家具などのセンスもとても輝いていて,あんなおうちに住んでみたいと思いました。。。
 そこで,広瀬さんから「青少年活動」という職種の意味についてお話をしていただきました。自分の職種である「青少年活動」は,同期隊員の「小学校教諭」や「理数科教師」に比べて非常にはばひろい分野で,正直言ってあまり具体的な活動内容が明記されていません。一応自分の要請に書かれているのは「カンボジアのユース評議会(日本の生徒会活動のようなもの)を普及させる」ということですが,何をするのかというとかなり曖昧です。現在カンボジアには,シニアを含めて3人の先輩隊員がいますが,それぞれ「ボーイスカウト運動」「ギターの指導」「ピアニカの指導」と活動内容はバラバラです。しかし,共通しているのは,「ポルポト時代にほぼ壊滅的になった子どもたち同士の信頼」などを取り戻すことにある,ということでした。つまり,当時は「少年兵」の問題と同じように,一種洗脳されたかのような子どもたち同士の争いや,平気で人を傷つけるような行動が多かったけれども,新しい時代を迎え,人を信頼するとか,協力するとか,そういった人として生きていくうえでとても価値のある行動倫理のようなものをカンボジアの子どもたちに育成させたい,というのが子の活動のねらいなんだということです。
 とはいうものの,自分に何ができるかはまだまだわかりません。まずは,現地の様子をとにかく見て回ること。そして語学力を伸ばすことが何よりの課題だと思います。
 明日から5日間のホームステイが始まります。新たな出会いを大切に楽しんできたいと思います!ではでは。

ファイナルプレゼンテーション。

 昨日・今日と,いつも通りの午前中の語学訓練でした。
 そしていよいよ明日が現地語学訓練最終日となり,ファイナルプレゼンテーションを行うことになります。一応,これが最終試験らしく,任地に行くには,これに合格しなければいけないらしいです。一人あたり持ち時間5分で,「家族について,仕事について,カンボジアに始めた来た時の様子」について何も見ずに(暗記して)発表します。ビデオの撮影もして,日本のJICA本部にも送るらしいです。。。
 今日は,その下書きの最終チェックを先生にしていただきました。細かいニュアンスの伝え方がやはりまだ難しく,前日というのにたくさん赤ペン先生をしていただきました。
 自分の確認のためにもその内容を書いておきます。
「私の名前はたかしです。<たかし>とは,クメール語で,<ウッドム>という意味と同じです。というわけで,わたしのことを<たかし>あるいは<ウッドム>と呼んでください。私は日本人で,東京の北にある埼玉県から来ました。今日は,家族のこと,仕事のこと,カンボジアに初めて来たときのことについてお話したいと思います。
 まず私の家族ですが,3人家族です。父と母と自分です。父は61歳で,母は59歳,私は31歳です。姉が一人いますが,もうすでに結婚していて,女の子が二人いて,別の家に住んでいます。
 次に仕事のことです。私は日本では,中学校で社会科を7年間教えてきました。たとえば日本の歴史などです。だから私は旅行が大好きで,有名な場所に行って写真をたくさん撮っています。私の職場には約30人の職員がいます。私はふつう朝8時から17時まで働かなくてはなりません。しかし,毎日忙しく,家に帰るのはだいたい9時くらいです。12時間以上学校にいます。一週間のうち5日が仕事ですが,土日は生徒たちがクラブ活動があるので,私はバレーボールも教えています。土日にはたらくと休みがなくて,いつも疲れちゃっています。カンボジアでは,JICAのボランティアとして働き,カンポット州の教育局に勤める予定です。
 最後にカンボジアに初めて来たときにことについて話します。私は10年前に一度ここにきたことがあります。その時はタイから車に乗ってやってきて,シェムリアップに行きました。カンボジアの道はあまり平らでなく,車の乗り心地もあまりよくありませんでした。しかもその途中,車が壊れ3時間も待ちました。そこには田んぼしかありませんでした。街の中心にもあまり背の高いビルはなかったです。しかし今は平らな道も,背の高いビルもたくさんあります。私は驚きました。カンボジアはどんどん発展していっていると思います。さて,10年前,私はアンコール遺跡群に行きました。朝日がアンコールワットの後ろを通って行く様子を見たかったので,朝4時ごろ起きてモトドップに乗って行きました。そこには最高の景色がありました。空の色が最初は真っ黒ですが,その後だんだん濃い紫,薄い紫,濃い青,薄い青と変化していきました。観光客はみんな感動して,歩くのをやめ,<OH~>と言っていました。そのあと,一日中歩きまわり,最後はバケン山に登り,夕陽を見ました。宝石のような太陽が,大きな大きな森の中に沈んで行きました。その景色も素晴らしかったです。カンボジアにはたくさんの有名な場所があるので,休みの日にはどこか旅行したいと思います。」
 ってな感じです。これだけのことをクメール語で話せるんですね笑。。。ちょっとは自分で自分をほめてあげてもいいでしょうか?? まだまだ足りないことだらけですが。。。
 明日のプレゼンが終わったら,明後日から5日間のホームステイが待っています。コンポンチャム州の一般的なクメール人のご家族にお邪魔します。楽しみです。緊張です。そしてそのあとはいよいよカンポットにむけて移動となります!! 
▼今日はドミトリーの隣のお宅で結婚式でした。カンボジアの式はかなりドハデにやります。朝から音楽がかなりなってました。公道に思い切りテントを張っています。
結婚式1
▼飾り付けも手が込んでいます。本物の花びらで鳥を作っています。
kekkonn2
▼初めてドリアンを食べてみました。軒先でお兄さんがカットしてくれます。1キロ約2.5ドル。2キロだったんで約5ドルでした。
ドリアン1
▼ドリアンの中身です。まだ熟していなかったらしく,あまり臭気はなく,味も普通でした。もっとドロドロのクリームみたいな時もあるようです。
ドリアン2








日本の対カンボジアODA

 今日からまた新しい一週間のスタートです。久しぶりにCJCCに行って座学を受けました。先生はまた代わって,男性のチョビー先生です。福島の二本松訓練所で教えていらしたこともある先生で,とても陽気な方でした。
 CJCCには,「七夕」の飾り付けがありました。CJCCを利用するいろんな生徒さんが,それぞれ日本語または英語またはクメール語でそれぞれの願いを書いていました。「みんなが健康に」とか「ファイナルテストに合格しますように!」とか,「いい男と出会う」とか,ホントそれぞれの願いですね。日本の文化に興味をもってもらって,とてもうれしい気持ちになりました。日本の学校だと,なかなか七夕の飾り付けなんてしませんが,大事にしたい習慣だと改めて感じました。
▼飾り付けの様子です
七夕2
七夕1
 さて今日は,午後から「CDC」(Council for the Development of Cambodia)=「カンボジア開発協議会」の表敬訪問に行きました。ここは,フンセン首相を長とするカンボジアの開発に関する統括をしている組織だそうです。具体的には,海外からの支援物資の窓口となったり,外資系企業の誘致や経済特区などの管理・許可などを行ったりするそうです。今日はその中でも海外からの支援の調整などについて詳しくお聞きしました。基本英語ですが,やはり通訳がないときちんとは理解できないですね・・・。
 さて,日本は「二国間援助」分野において,カンボジアにとって最大の援助国とのことです。2010年現在,日本はドナー国の総支援のうち14%をしめていて,その額は1年で約140,000,000ドルにのぼるそうです!! 円高の1ドル80円として計算しても,なんと112億円です。ものすごい金額が動いているわけです。詳細は,JICAの3本柱である「無償資金援助」(約80,000,000ドル)「円借款」(約16,000,000ドル)「技術協力」(約47,000,000ドル)です。日本の支援指針は,「カンボジアの安定した経済成長」にあり,そのために必要なインフラの整備が大きなウェイトを占めています。日本の橋や道路といった建設技術はやはりハイクオリティらしく,カンボジアの人たちも大きな信頼を寄せていました。また,日本の特徴が表れる分野としては,教育や保健などの「Social sections」と農業などの産業育成である「Economic sections」でそれぞれTOPの支援をしているそうです。
 自分たちJOCVも当然この中に位置づけられていて,「技術協力」の中の「教育分野」がそれに該当します。「総額112億円」(うち,円借款の分は返却されるとしても…)をどうとらえるかは,それぞれの考え方によります。ましてや,地震・津波といった日本の国難の時期,また消費税10%引き上げが取りざたされるこの時期,赤字国債発行がますます深刻化してくるこの時期,「なぜ海外なのか」といった問いに私たちは明確に答えなければならないと考えています。それに恥じない,十分な活動を自分たちはやっていかなくてはなりません。カンボジアの人たちのために,そして日本のために,自分のできる限りの力を発揮させたいと思います。

キリングフィールド,トゥールスレン強制収容所

 カンボジアに来て二回目の土日を過ごしました。
 書き始める前に…かなり本題と関係ないのですが,ピロへ。返事を書きたいのですが,書き方がよくわかりません。。。しかも携帯のアドレスだとメールが届かないので,パソコンアドレスあったら教えてください。。。

 さて休日の話ですが,昨日は同期隊員5人でプノンペンの負の遺産,キリングフィールドとトゥールスレン強制収容所と見学に行きました。夜は歓迎会二回目ということで,ドミトリー前でのバーベキューを先輩隊員が用意してくださいました。今日日曜は,自転車でプノンペン市内を軽く一周してみました。地図を見ながらでしたが,だいぶ土地勘がつかめてきたように思います。夜は,日本の大河ドラマ「江」をドミで見ました。電波が届いているんですね。

 そこで今日は昨日のキリングフィールドとトゥールスレン強制収容所の見学についてまとめておきたいと思います。↑に「負の遺産」と書きましたが,まさに人類史上希有でかつ残酷な歴史の舞台が,ここプノンペンで約30年前に起こっていたのです。見学の前に,事前学習ということで日本から持参したノンフィクション映画(DVD)「キリングフィールド」をみんなで鑑賞しました。後ほどカンボジアの現代史についてはまとめたいと思いますが,今日はその映画の概要で簡単に現代史をまとめておきたいと思います。自分の理解が違うところもあるかもしれません。もし違うところがあったら教えてください。
 映画は,一応アメリカ人新聞記者とカンボジア人新聞記者の友情ストーリーではあるのですが,1975年のプノンペンからスタートします。カンボジアは,第二次世界大戦後しばらくしてから,元国王であるシハヌークによって独立を達成します。彼は,王政社会主義という珍しい政治体制をとりますが,そのおかげでしばしの平和を取り戻しました。しかし,ベトナム戦争の開戦によって,カンボジアにも大きな変化が訪れます。シハヌークは,アメリカと一定の距離をとっていたわけですが,ベトナム戦争の泥沼状態とシハヌークの姿勢にしびれを切らしたアメリカが,ロン・ノル将軍をそそのかし,クーデターが発生します。そこからカンボジアでもロンノルの政府軍と,旧シハヌーク時代に組織されていたクメールルージュ(赤いクメール)との間で内戦が勃発することになりました。映画は,まさにその時代からスタートです。
 1975年,いよいよポル・ポト率いるクメールルージュがプノンペンを奪還します。市民がこれを大歓迎していた様子も映画には描かれています。しかし,これこそが悪夢のスタートとなったわけです。原始共産主義を目指すポル・ポトは,農業こそが国のすべてという発想で,それまでの都市住民を強制的に農村へと移住させます。当時の外国人は一時避難のような形で,帰国となります。映画では,二人の記者がここで引き離されます。農村では,家族が引き離され,同年代の小集団での集団労働が科せられました。すべては「オンカー」(組織)の命令で,お互いが監視状態の中で,労働を強いられました。「オンカー」という一種の宗教的支配者が,当時のクメールルージュのメンバーを洗脳していたのだと,ある本に書いてあったのを思い出しました。映画でも,その様子が描かれています。ちなみに,大阪での語学訓練の先生であるティ先生も,当時6歳前後でこの労働をしていたとおっしゃっていました。映画の中にもそれくらいの年齢と思われる男の子が出てきます。すぐ近くにいた先生がその時代を生き抜いてきて,その歴史について語ってくださったこと,貴重な経験でした。
 当然そんな無茶苦茶な取り組みに懐疑の念を抱く人たちも多くいたことと思います。ポル・ポトは,それを恐れ医師,教師,技術者,英語やフランス語を話せる人,いわゆる知識人といわれる本人と家族の粛清を開始します。それは同じクメールルージュの幹部にも当てはまったそうです。そうした人たちを収容し,拷問にかけた場所がトゥールスレン強制収容所です。もともとは高校の建物だったので,市街地の中心部に位置しています。中は,元教室の収容施設と,収容されていた方々の顔写真や,拷問直後の写真などが展示してあります。「悲惨」という簡単な言葉では語りきれませんが,悪夢の存在をそこに確実に感じられました。そしてそこからプノンペン郊外にあるキリングフィールド(殺すための原野)に人々が送られます。キリングフィールドには,たくさんの「穴」があり,デコボコしています。その「穴」は,まさに処刑後の遺体を入れるためのものです。また,「キリングツリー」と呼ばれる大きな木もあります。小さい子どもは,その木に頭をたたきつけるだけで,命を落とされました…。現在中心には慰霊塔があり,8000以上の頭骨が安置されています。犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするばかりでした。
▼トゥールスレン強制収容所です
torusurenn
▼キリングフィールドにある慰霊塔です
キリングフィールド1
▼キリングフィールドにみられるデコボコです
キリングフィールド2
 虐殺,ジェノサイド,ホロコーストと,現代史にもたくさんの不幸がありますが,同民族,同宗教でのそれは類まれの出来事だと思っています。もちろん民族・宗教のとらえ方にもよりますが,とても理解に苦しむのがカンボジアのこの歴史です。本当に信じられません。
 現在のカンボジアは,まだまだ課題はあるけれど,当時に比べればかなり平和で,のどかで,何よりたくさんの笑顔があります。またキリングフィールドの隣には,小学校がありました。見学中子どもたちのにぎやかな笑い声が届いてきました。それを聴いて安心したというか,平和になった今こそ,新しい時代を切り開いていくための教育が必要なんだと思いました。自分がここにやってきたことの大きな意味を改めて実感しました。




アウトドアレッスン二日目

 今日も昨日に引き続きCJCCを離れてのアウトドアレッスンとなりました。今日は,プノンペンの郊外,というよりも,いかにもカンボジアらしい田舎にみんなで行ってきました。  
 最初は,CJCCのシソタ先生の家がある集落でした。道はプノンペンと違い,土の上ですのでかなりデコボコしています。小さいプサーがあって,肉,野菜,魚,卵とプサーらしいものがたくさん売っていました。が,プノンペンと違い,蝿の多さにちょっと衛生面の不安を感じました…。鶏の放し飼いをしている隣で鶏肉を売っている光景は,まさに「いただきます」を感じさせてくれました。またすごく活気があって,まさに村人たちのコミュニティが根強く存在している感じがして,ほっとできる空間でもありました。話し言葉はかなり速く,聞き取りにくいところもたくさんありました。もう一人のパンタ先生が,ジャックフルーツ(ドリアンくらい大きな果物で甘い)とノンクル(日本のたこ焼きのような食べ物)をご馳走してくださいました。初めてジャックフルーツを食べましたが,とてもおいしかったです。いろんなフルーツに挑戦したくなりました。
プサーで野菜
 またこの村,クロマーと呼ばれる伝統的な布を生産しているお宅が多く,かなりの格安で販売もしていました。小さいものは2枚で1ドル。プノンペンではもっと高くなります。男性は水浴びをするときなどに腰にこれを巻いて生活するのがクマエスタイルです。
クロマー工場
クロマー
 次に向かったのはプテア・タックというリゾート地。休日になると家族連れなどがたくさん訪れる有名なスポットらしいです。露天商のような食べ物屋さんがたくさん並んでいました。鶏肉やエビ,川魚,バナナの炭火焼きや,貝(タニシ)の煮たものなどがたくさん並んでいました。同期隊員は,先生に勧められ貝を食べていましたが,食べるとお腹を壊すと後で言われたようで大変そうです。ここで愛嬌のある子どもたちと何枚か写真を撮りました。これも同期隊員の話によると,髪の毛が茶色くなっている子どもは,あまり栄養が行きとどいていないということらしいです。日本の子どもたちに比べて確かに体も小さく,やはりカンボジアなんだと実感した瞬間でもありました。
子どもたち
 最後に,花を育てている農家の方を訪問しました。出荷した後らしく,植え替えるところのようでした。他にもバナナやマンゴーを栽培している農家も多く,田舎にきたなと感じさせてくれました。きっと自分の任地もこんなようなところなんだろうと思いました。家族みんなで働いている様子は,日本の社会ではなかなか見られない光景だと思います。大切にしたい場面の1つです。また,ここだけではないのですが,道の途中,バレーボールを楽しんでいる様子がとても目に入ってきました。簡単なポールとネットですが,本格的にバレーを楽しんでいました。自分もかなりやってみたくなりました。
バレー
農家
 午後は日本大使館に表敬訪問です。川村公使にお会いしました。さすが大使館,かなりセキュリティが高く,カメラや携帯などは持ち込み不可です。カンボジアはここ10年ほどでかなりの経済成長を遂げ,経済成長率は7,8%ほどを毎年キープしています。しかしその実態はかなりアンバランスで,一部の国民・都市に偏った成長です。国民の格差,地域間格差が深刻な問題になっているけれども,現在のカンボジア政府の政策動向としては,そうした点も視野にいれているのでこの調子でいくことが望ましい,そんなお話をしてくださいました。また,大使館の中には,このたびの東日本に際しカンボジアの皆さんからいただいたメッセージも飾ってありました。「Cambodia supports Japan」と大きく書いてありました。改めて前代未聞の大災害,地震と津波の復興の中,ここに来させていただいた重みを感じました。任務を全うしたいと思いました。
 ちなみに夜は,手作り餃子を作ってみました。種・皮からすべて手作りです。おいしかったです。
餃子

アウトドアレッスン1日目

 今日はいつものCJCCではなく,オルセーマーケットでの実地訓練となりました。
 
 プノンペンにはいくつかの大きな市場(プサー)がありますが,オルセーもその1つで,街の中心部に位置しています。4年前にプノンペンに来た時に泊まったキャピタルゲストハウスがすぐ隣にあります。3階建てで,衣料品の品ぞろえが有名なようです。1階は主に食料品(野菜,果物,魚,肉,調味料)やおもちゃ,自転車の部品などを売っています。ドミトリー近くにあるシラップ市場よりもお店が多く,新鮮そうでとても賑わっていました。びっくりしたのは,食用ガエルや食用アリの存在です。食用ガエルは,頭を落とされても動いていました…。下の写真です。また,先生が食用アリを購入し,それを私たちに少しずつ分けてくれたので,食してみました。食べられないことはないけれど,自分から買うことはないと思いました…。
かえる
 2階は本や文房具,靴やかばんなどを売っています。小さいノートを一冊買いました。3階は衣服です。衣服といっても女性用がほとんどで,見事なパーティドレスのようなものをたくさん扱っていました。また,クロマーと呼ばれるシルクの布を扱うお店もありました。クロマーを買って,仕立て屋さんに持っていくと,オーダーメイドの服を作ってくれます。女性同期隊員たちは,「サンポット」と呼ばれる女性用スカートを作りたがっています。
 市場での会話「これいくら?」「〇〇リエルです」「もう少し安くしてくれませんか?」などの会話はだいぶスムーズにできるようになりました。またカンボジア人は話が好きなので,ちょっとクメール語を話すと「どこから来たの?」「どうしてそんなに話せるの?」とどんどん話が膨らみます。特に日本人に対する印象はいいようで,たくさんのことを聞いてきます。しつこくないので,ちょうどいい加減がまた素敵です。
 午後はクメール語の宿題を行いました。
 
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