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絵本の最初のページと同じだよ の巻

ついに12月に入ってしまいます。本当にあっという間です。
日本はもう冬ですね。
そしていよいよ4日に,アンコールワットマラソンです。20キロです。・・・。

さて,本題。
いよいよ12月の中旬に,職場のスタッフと各郡の学校に巡回できることになりました。
まずは,州都の周辺にある近場の2郡から攻めていくことになりました。
郡の事務所と,それぞれの郡の学校何校かに行き,
視察+運動会についての宣伝+スタッフからのその他の説明をしてきます。
パワーポイントの手直しも無事に済み,
例のやる気一番の先生がプログラムまでしっかり作ってくださいました。
その中に,「JICAボランティアからの説明」という項目もあり,
身が引き締まる思いをしました。

さてさて,そんな順調な様子なのですが,
本当にボランティアとしての自分の位置づけが,
「運動会の企画屋」でいいのだろうか? という疑問が未だにあります。
それは,以前紹介した「4つの視点」に照らし合わせてみると次のようになるからです。

①自分がやりたいこと・・・〇〇 
 子どもたちの活動の機会を増やしたい。
 自分なりに大きな意義があると感じている日本の行事を紹介したい。
②自分にできること・・・〇
 それなりの予算が必要である。
 一人では大変かもしれない。
③カンボジアの発展にとって本当に必要なこと・・・△ 
 自分ではそう思っているが,いろんな条件が必要になってくる。
 つまり,活動の継続性に疑問が残る。
④職場が求めていること・・・△△
 物品。もろもろの予算。・・・。
 いろんな負担を増やしてしまうか? 押し付けになってしまわないか?
 (もちろんやる気のある先生もいますが…)

と,ざっとこんな風にまとめることができるわけです。
「考えすぎ」と言われればそれまでですが,
JICAのポータルサイトで報告書を読んでみると,
カンボジアの青少年活動隊員に共通してみられる悩みなのかもしれません。

こんな試行錯誤,自問自答を繰り返しつつなのですが,
それでも自分を突き動かしてくれる言葉を,
先日のプノンペン訪問でいただくことができました。

1つは,新しい調整員さんとのお話です。
運動会に行きついた自分の考えを説明させたいただいた後,
「何も金をかけないで活動をしろと言っているわけではない。
 本当に必要なものであれば,どんどん購入してもいいんだ。
 そこに,彼ら(カンボジア人)の自助努力を促す種があるのであれば,
 積極的に行動するべきだ。
 そして少しずつその予算をねん出させる方向にするとか,
 JICAの負担を減らしていけばいいわけだ。
 そうするためにも,明確な目標と計画が必要になってくるが…。」
とおっしゃっていました。

2つめは,ある先輩隊員Kさんとのお話です。
Kさんは,以前の運動会にもお手伝いに来てくださった方です。
こんなやりとりがありました。
Kさん
「この間,学校で先生方にすごくいいことを言われたの。
 〇〇は,カンボジアのやり方を大切にしてくれているって。
 あまり自分から積極的にやっていないだけかもしれないけど,
 それでも先生方にとっては,そういう面が嬉しかったのかも」
自分
「となると,自分がやろうとしていることって,
 けっこうな押し付けになっちゃってるかもしれないなー」
Kさん
「前の運動会,子どもたちあんなに笑顔だったし,
 先生方だってよく動いていたよ~。
 くぼっちは,こっちの人たちに『またやってみたいな~』
 って思わせることができたらいいんだよ~。
 そうだなー・・
 絵本の最初のページみたいなものだよ。
 『あっ,この本おもしろそう~ 読んでみたい』
 って最初のページが肝心でしょ」
とそんなやりとりです。

なんとなく自分は,
「お金をかけない方向で…」とか「負担の少ないように…」
とそんな前提のもとにいろいろ考えていたように思いました。
たしかにそういう面も大切だと思います。
盲目的にお金を使えばいいわけではありません。
でも,
「各学校において生徒会活動の普及・促進支援をする」
これすなわち,
「座学だけでは得られない活動の成功体験を多く持たせる」
であり,それが
「カンボジアのヤングリーダーを育てる」
ことへとつながるわけであって,
「子どもたちの具体的な活動の場面をふやす」
という自分の考えは,自分なりに理屈にあっていると思うようになっています。

「Mr.考えすぎ」の自分なので,
また悩むこともあると思いますが,
「絵本の最初のページ」
を意識して,突き進んでいこうと思った今日この頃です。

同じくらいに,
アンコールワットマラソンでも突き進むことができたら幸いです。
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想像力と創造力 の巻

土日をプノンペンで過ごして,気分を一新して職場に行ってきました!
プノンペンでは,新しく担当になってくださった調整員さんとたくさんの相談もでき,
今後の活動にたくさんの示唆を与えていただきました。

さてさて,今日の仕事です。
①来月中旬にいよいよ運動会資料をひっさげて,各郡に営業に行けることになったので,
 その資料づくり(パワーポイント)を完成させ,先生に点検していただきました。
 その詳細についてはまた後日。

②↑のプレゼンやゴミ減らし運動打ち合わせに向けて,
 自分用の「青少年活動用語集」を作り始めました。
 とにかく単語を覚えるのが難しくて,辞書のように使う頻度の高い単語をまとめています。

③今日の本題。
 自分の一応の最大の任務は,州内の生徒会活動の普及・促進です。
 前任者が大方の作業はしてくださっているのですが,
 細かい点でいろいろできそうだったので,
 今日は↓のような資料を創ってみました。

▼上は,教育省のパンフレットに載っている学級の当番表です。
 下は,自分が作ってみたほうです。
toubanhyou

toubanhyou3

カンボジアの学校でも,一応「班活動」があります。
そしてその班ごとに,毎日違う仕事をすることになります。
例えば,図書館委員とか,衛生委員など6つの仕事を分担するわけです。
日本の委員会活動や班活動のように,
もう少しロングスパンで担当させたほうがいいように思いますが,
一応そこはパンフレットにのっとって進めようと思います。
また,各曜日を表す色があって,
月曜がオレンジ,火曜が紫…となっています。
で,↑の表の各空欄にその仕事の名称が入るようになっているわけです。
上の表だと,すでに右側にはめ込まれているのが,各班の名称です(1班~6班)。
でもそれだといらない情報が多すぎて,
日本人感覚からするとなんとも見づらいのです。
そこで,日本の学校ではおなじみの当番表です。
掃除分担などでよく使用していますよね。
日替わりで回転させれば,自分の班の仕事内容が一目瞭然なわけです。
そして,それをとにかくヒマそうな職員(前回紹介)に見せまくって,
「どう? これ?? 作ってみたんだけど??」
と押し売りです。
ところがーーー!!!
見慣れないこの表の使い方,というか見方がまったくわからないらしい様子。。。
空欄のまま説明したのがよくないらしく,
鉛筆で中に例を書いたところでようやく理解。
でも,結局上の表のほうが見やすいのかもしれない模様…。
(でもでも,例のやる気のある先生はすごくほめてくださって,
 今度学校に行ったときに紹介しよう,ということになりました。
 嬉しい限りです。)

カンボジアの人たちにとって,
創造力,そしてその源とも言える想像力を使う作業はとても難しいようです。
だから,国がつくったパンフレットがあれば,それをそのまま使おうとします。
そして,それに固執(やや言い方がきついかも)する傾向がみられます。
他の隊員のブログなどでもそれは共通した見方だと思います。
それは,小さいころから,そういう教育を受けてきたからなんだとみんなで話ました。
日本では,図工や音楽,体育などで情操面を養い,
国語の時間では,すばらしい文章に触れ,作者や登場人物の気持ちなどを考える
トレーニングをずっとしてきています。
でも,カンボジアでは,国語の時間もひたすら暗記であったり,
図工や音楽の時間はあってないようなもの。。。
だからこそ,今他の任地でJOCVが情操教育に力を入れているのは,
とても有意義なことだと改めて感じました。
そういうところで養った力が想像力を生み出し,
「もっとこうしたほうがいいのではないか?」
といった考え方を生み出すようになるのではないかと思っています。

小さなことですが,
こういうちょっとしたアイディアを提供するのも
大事なことだなーと思いました。
小さなことでも,できることをコツコツと進めていきたいと思いました。

<おまけ>
テーマ「振り出しに戻る」
昨日,スタジアムでイベントがあったので,「もしや?」と思って今日行ってみると…

gomi4

案の定,ゴミがたくさん。。。
あんなに養成校の生徒がきれいにしたのに・・・ポイ捨てどうにかならんのかね??
と憤りを感じました。
この写真をもって,木曜日に養成校に行ってこようと思います。

言っちゃった。 の巻 

今日はついに言ってしまいました…。

うちの職場には8人スタッフがいます。
そのうち,自分の目からみてちゃんと仕事をしているように見えるのは,お二人です。
課長さんと一番若手の先生です(実は課長もなんと二番目に若いんです)。
そう表現するのが適切かどうかわかりませんし,
何も分かっていないのに,ものすごく失礼なことかもしれません。
上から目線なのかもしれません。
でも,今日は自分も沸々とわくものがあったので,言ってしまったのです。

今日は,あまりにもそのうちのお一人が忙しくしているのに,
他の人たちは大きな声で雑談して,ゲームして笑っているだけなのです。。。
自分のつたないクメール語の能力で,
「雑談」とくくってしまうのも問題かもしれませんが…。
にしても,毎日ほぼ同じような状態が続いていたのもあって…。
その忙しい先生が「確認してほしい」といって渡した書類も軽く目を通しておしまいで,
気づけばどこかにいなくなっています…。

自分も話に入れないから,ずっと資料を作成していました。
そしてついに…,雑談メンバーが帰った後に,その一番の若手の先生に,
「先生は仕事がたくさんあるのに,他の職員は何の仕事をしているの?」
って聞いてしまいました。
「俺には,あまり仕事をしているようには見えないのだけど…」
ってはっきりと。
そしたら,その若手の先生は,
「自分は一番年下だし,仕事をするのは好きなんだよ。
 年上の人たちは,パソコン関係になるとできないし,
 全部俺にふってくる。
 しかも重要な書類をどこかにやっちゃうときもあるから,仕方ないよ。
 自分でやったほうが早いんだよね。」
って答えです。
なんて答えていいかわからず,
「ちょっとこの職場は職員の数が多すぎなような気も…」
って言ったら,
「ワークショップとかで地域ごとにわかれていくときがあるから,
 この人数は必要なんだよ」
って答えです。。。
「先生はすごく誠実に仕事をしているのに,
 なんだかとても残念に思いますよ」
と伝えました。

他の雑談メンバーの先生方も話せばいい人たちなのですが,
話の行きつく先は「予算が…」「JICAでなんとかできないか?」
の連発です。
本当にこんな言い方はまずいのかもしれませんが,
というか,自分が見えていないだけなのかもしれませんが,
「ヒマにしているのだったら,予算のかからない方法を考え出すとか,
 予算がかからなくてもできることをやるとか,
 予算を工面できるような働きかけをするとか,
 少しでも,カンボジアの青少年教育の向上につながるようなことをやってくれ」
って今日は思ってしまいました。。。。
ボランティアの位置づけが本当に難しいなと久しぶりに思ってしまいました。

明日明後日と,またプノンペンに行ってきます。
隊員ドミトリーの清掃当番です。
少し気分転換して,きれいさっぱり気持ちを入れなおしてきたいと思います。

社会科の先生 の巻

社会科の授業の目的ってどんなことだと思いますか?
歴史が・・・ 政治の仕組みが・・・
といろいろ答えが出てくると思います。
一応指導要領には,
「…省略…平和で民主的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う」
とあります。
すごく簡単に解釈すれば,
「よりよい社会を築いていく,創っていくためにできることを考えていく」
そう解釈できます。
かなりの極論を言うと,
歴史も地理も政治も経済も,「そこにでてくる用語を覚える」ことに自分は全く価値をおいていません。
それよりも,「考えること」それ自体に大きな意味があると思って,
日本での授業を展開してきたつもりです。
「世の中科」「citizenship教育」と表現される分野に影響を受けました。

さてさて,今日は木曜日。
カンボジアの学校では毎週木曜日はそうじの日です。
今日は事務所の前に教員養成校の生徒さんたちが集合し,掃除に取り掛かってくれました。

▼その様子。だいぶゴミがなくなってきました~
souji1 souji2

▼大改〇!before・after
soujimae
 ↓
soujiato

みんな一生懸命で暑い中,(厚着のせいもあるけれど…)
汗びっちょりになって箒で,枝で?掃いてくれました。
あまりのごみの多さに,
「本当にカンボジアはゴミが多いよね~」
と話をしながら,思いついたことがあって,
「みんなが拾っているゴミは2種類あるよね?」(自然のものと人が捨てたもの)
「木の葉とかは仕方ないとして,なんでみんなゴミを捨てちゃうのかな?」($%#*…)
「掃除も大切なことだけど,一番大事なのはきれいな状態を維持することだよね」
「僕はきれいな街が好きなんだけど,どうしたらきれいな状態を維持できると思う?」
と,返ってくる答えは未だよくわからないのですが,
「そんなわけで,一緒にみんなと考えていくことは可能かな??」
と勢いで代表の生徒さんに交渉。

というのは,まさに↑で書いた「社会科流参加型授業」を思いついたわけです。
例えば,予想される答えとして
「ゴミ箱の設置」「訴える看板・ポスターの掲示」などがでてくると思います。
でも,そこからどんどん掘り下げて,
「じゃぁ,どこに必要なのか?」
「それを把握するためにはどんな行動が必要なのか?」(例えば関係省庁の許可など)
「現在ゴミが落ちているところとそうでないところにはどんな違いがあるのか?」
「本当にゴミ箱の設置でいいのか?」
「ゴミ箱に捨てられたゴミはどうやって回収されるのか?」
などと追究していくと,
必然的に「社会科的な知識や技能,思考」が求められてくるわけです。
まさにそういったプロセスを踏むこと自体に大きな意味があるわけです。
「ゴミがない」すなわち,
「よりよい(と価値づけするのはもしかしたら開発分野ではダメかもしれないけれど)街にしていこう」
と必要なことを試行錯誤しながら考えていくわけですから。
そして何らかの態度や行動に結び付けば万々歳なのです。 

そんなわけで,まずはうちの(青少年課の)課長に養成校に行く許可をもらい,
今度は養成校の校長先生に突撃でお願いにあがり(代表生徒をひきつれて),
週一回木曜日の放課後に1時間ずつ,代表生徒とミーティングをもつことを承諾していただきました。
「カンボジア一美しい街カンポット」を目指して,
動き出していきたいと思います!!!

自分にとってもいろんな話をするチャンスだし,
多分(こっちの一方的な押し付けかもしれないけれど…)
きっと小学校の先生になる彼らにとってもいい経験になるのではないかと勝手に想像しています。

<おまけ>
カンボジアでは,乾季になる=結婚式シーズンの到来です。
毎日のように街の至る所で,
ってまさに至る所で(というのは公道お構いなしに家の前が会場になるんです),
披露宴=超騒ぎが展開されています。
今朝はうちのすぐ隣で結婚式でした。

▼川沿いに待機のためのイス。
kekkonn1 kekkonnsiki2


あの時代を生きた人の生の声 の巻

最近自炊生活が続いていたので,
久しぶりに夕飯を外で食べようと屋台に行って注文をしたときです。

隣のおじさんから「日本の方ですか?」との声。
観光地のカンポットですが,なかなか日本人は珍しく,話がはずみました。
話しているうちに教えていただいたのですが,
この方(Gさん),お父さんがカンボジアの方で,お母さんが日本の方。
つまりハーフとのこと。
ご年齢が50歳くらいなので,ご両親は,ずいぶん前に国際結婚をされていたわけです。
小学校5年生くらいまでは,ずっとカンボジアに住んでいて,
当然クメール語の生活で,こっちの学校に通って…,
と一般的なカンボジアの生活を送っていらっしゃったそうですが,
時代は,まさにポル・ポト時代の直前。
銃声がやまない日はなかったそうです。

6年生のとき,ほぼ「難民」状態で日本への渡航を余儀なくされ,ご家族で訪日。
しかし,その後まもなくして,政府系で働いていたお父さんはカンボジアに帰国。
そこで,ポル・ポトの虐殺を受けて,亡くなってしまったそうです…。
その情報もなかなか入ってくることがなく,
ずっと「いつかお父さんが迎えに来てカンボジアに戻る」ことを考えていたそうです。
日本語は当然話すことができず,それでも通った日本の小学校・中学校。
明るく話してくださいましたが,悲惨だったそうです。
例えば,教室での手の上げ方1つ。こっちのことは,人差し指を一本たてて「ハイ」となります。
そういうしぐさの一つ一つが周りから笑われて,ストレス三昧だったとのこと。
そんなこんなでも(ご本人いわく)大学に通うことができて,
就職活動をし,ある企業に無事就職。
ところが国籍が「カンボジア」ということで,大学の同期生たちとは全く違う待遇。
そこで,日本に帰化することになったそうです。

32歳のとき,(ちょうど今の自分と同じ年代です)
UNTAC主導のカンボジアの総選挙が行われることになり,
民間人ボランティアとして,カンボジアに再び戻ってこられたそうです。
ポル・ポト派の恐怖を感じながら,選挙に至った道筋を語ってくださいました。
プノンペン南部のタケオ州で,レッドゾーン(超危ない地域)で事務所を構えたそうです。

ちなみに日本のお住まいは東京。
自分の実家のある埼玉県北部を通る国道17号線のバイパス工事に,
現場監督としていらしていたそうです。
お名前も同じタカシ(帰化に合わせて日本の名前を取得)。
なんだかすごく共通点があって(そんなでもないけど),お話しに相当興味をもつことができました。

3年前からプノンペンで生活されていて,
難民を助ける会にも所属されていらして,
あちこちの難民キャンプに直接行くのが趣味(?)のようになっているとのことでした。

カンポットには,たまたま1泊のご旅行でいらしたそうです。
そこらへんのおばちゃんたちと話をして,
ポル・ポト時代のことについて,話しが至ったそうです。
バナナ焼きのおばちゃんは,バッタンバンまで連行されて,
栄養失調で本当に死にかけたそうだ,と伺ったそうです。
一見平和に見えるこの街も,実はつい最近までそんな状態だったのだと改めて痛感しました。
Gさんが,UNTAC時代に恐れたポル・ポト派のメンバーも,
今もまだたくさん生き残っています。
きっと過去の大きな苦しみを背負いながら,
変化の真っただ中にある「今」を生きているのだと感じました。

Gさんは,Gさんと同じようにカンボジア人の親族を失った日本人家族の方と
連絡を取っておられて,来月もカンポットで被害にあわれたご遺族の方をご案内されるそうです。

ポル・ポト時代の虐殺。
ここまでリアルに,生の声で話を聴くことができたのは,貴重な体験でした。
お話をうかがいながら,鳥肌がたってしまいました。
連絡先を教えていただいたので,またプノンペンに上がった時にお会いしたいと思います。

後でわかったのですが…
Gさんのご家族の方については,
「カンボジアを知るための60章」の中に書いてありました…!

ちょっとした大きな幸せ の巻

「ちょっとした大きな〇〇」
職場の同僚の先生の口癖でした。

さて幸せの中身。
最近,朝食は近所の焼きたてフランスパンを買ってきて,
うちでバターとハチミツを塗って食べることです。
トースターで焼かなくても,バターが自然と溶けていくんです。
最高です。
▼焼き立てパン屋さん。
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ちょっと甘いものが食べてみたくなって,
以前買っておいたホットケーキミックスで昼飯は,ホットケーキを作ることに。
前にテレビで見たことのあるテクニックで焼いたら,
なんと,厚さ3センチはあるであろうふっくらな仕上がりに。
最高です。

って,そんな物質的で子どもじみたことにだけに幸せを感じていてはいけません。

本当の幸せは,職場で今後の具体的な活動の筋道が立てられたことにあります。
郡にある各学校で,
生徒会(子どもたちの活動)が主体となった運動会の企画・運営支援をしたいと考え,
パワーポイントで,運動会の説明(意義や目的などを含めた,競技の紹介など)のための
資料を作っていました。
それを一番やる気のある先生と課長に見せ,↑のような自分のやりたいことを伝えると,
さっそく州都に近い2つの郡の学校(それぞれ2校)に行ってみるか,と言ってくださいました。
資料もクメール語で間違いだらけで,口言葉での説明もまったくなっていないのですが,
巡回用のレターをすぐに書いてくださり,具体的な日程も相談することができました。
とりあえず今の資料を仕上げて,
それをまずは校長先生に提案してみようということになりました。
授業の時間の確保もあるから,「校長先生次第だよ」ということですが,
それでも,自分の提案にのっていただいたことにすごく幸せを感じました。

また,そんなやりとりをしていると,
前回の運動会に参加して2位を勝ち取った学校の校長先生がいらして,
「ウドム,ヒマならうちで英語を教えてくれないか?」
と突然のオファーがありました。
「えっ!? 英語??」
と思ったのですが(かなーり苦手なので),
「大丈夫,7年生(中1レベル)だから,トイトーイ(小さい子たち)だ」
ってなことで,
「ダメダメでも良ければやりたいです」
と伝えると,
「週6時間か? それとも3時間か?」
とのこと。さすがに毎日は準備も大変かなーと思い,
「3時間で」
と返事をしておきました。
「詳しくはまた後日な!」
ってなことで校長先生はいなくなりました。
「カンボジアの後日・・・」…。いつになるかわかりませんが,
こうやって自分を誘ってくださったのも幸せです。

にわかに具体的な活動の道すじが見えてきたように感じます。
たくさん障害もあると思いますが,
「仕事をやらせてもらえる幸せ」
を忘れずに突き進んでいきたいと思います。

<おまけ>
今日は,幼稚園の先生方の研修が職場の後ろの建物でありました。
▼先生の歌が耳から離れないです。一緒に連れてこられた子どもたち。男の子,ズボンを穿く習慣が…。
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我が家 の巻

約2週間ぶりに任地カンポットの我が家に戻ってきました!!
やはり,我が家は住み心地がいいですね~

そして今日は日曜日。
休日になかなか任地にいることが少なかったので,大切にしたい1日です。
これまた久しぶりに「青少年と文化の家」にお邪魔して,
高校生たちとロアム(踊り)の練習をしました。
「もっと積極的に自分から行動しよう」
と,この2週間を経て感じていたので,
「うちにきて日本食でも食べる? 招待するよ~」
と誘ってみたら,3人ほど「行く行く」ってことだったので,
彼らと一緒に帰宅しました。

すると,何やら我が家に先客が…?
誰かと言うと,
なんとプノンペンの大学で外国の建築様式について学んでいる学生たちとベルギー人の先生。
大家さんの了解を得ていてるそうで,
「突然で悪いのですが,部屋の中,あるいは部屋の外面を観てもいい?」
とのことです。
もちろん返事は「バーン」(いいよ~)と言って彼らも案内。
我が家って,そんな建築のお勉強になるようなおうちだったんですね。
考えてみれば,フランス植民地時代の建築物が並ぶ一角に位置しているわけですから,
当然と言えば当然なんですねー。
改めてそんな我が家に住めることに幸せを感じました。

まさに千客万来。
急いで,得意の「すいとん」を大量に作り,
高校生と大学生に手料理をふるまいました。
本当かどうかはわかりませんが,
みんな「おいしいよん~」とほめてくれました。嬉しいですね~
「次はうちにおいでよ。夕飯をご馳走するよ~」なんて言ってくれました。
「でも,作るのはお母さんでしょ?」
なんて冗談を言って,笑いあえたのも幸せな瞬間でした~

▼建築についての実習だそうです!!
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▼すいとんです! 腹をすかせた高校生たちと。
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もっともっと自分から積極的に動いて,
後悔のないような活動にしていかないといけないと強く感じている今日この頃です。
明日であっという間にカンボジアに来て5か月です。
現職の自分たちは,こっちにいられるのも,残り1年と4か月。本当にわずかです。
明日からの仕事でも,もっともっと積極的に職員に働きかけていきたいと思います。

カンボジアの未来を創る子どもたち の巻

今週はずっとプノンペンで仕事(というほどのものではないのですが…)をしていました。

何の仕事かというと,
カンボジア国内の(名目上はすべての)学校で実施されている,
「3良運動」で「3良」を達成した生徒たちの表彰式のためです。
「3良」とは,「良い子ども・良い生徒・良い友人」を意味しています。
それぞれ具体的な評価項目があって,
その合計ポイントが一定の基準を上回ると「良」として認められる仕組みです。
自分が資料で読んだところによると,
学級委員は担任の先生が,班長は学級委員が,一般生徒は班長がチェックするそうです。

まぁ,おそらく日本でやったらクレーム続出の超主観評価だと思います。
でも,カンボジアの子どもたちの中では,
あるいはそれを実施している教育省・州の教育局の先生方の中では,
ものすごくいい仕組みとして価値が置かれているわけです。

そんな仕組みの中で,
すべての項目で「良」,つまり「3良」を達成した子どもたちの表彰式兼プノンペンスタディツアー
を教育省が主催したわけです。
今回は,カンボジア全国から299名の小・中・高校生がプノンペンに招待されました。
自分の任地カンポットからは,10人の子どもたちが参加しました。

初日は,長い長ーいお偉方のお話が中心の開会式で,
2日目がスタディツアーで,国立博物館,王宮,トゥースレン博物館の見学,
最終日は,生徒同士のディベートタイムと閉会式です。
その間,全国から集まった子どもたちは,同じゲストハウスで寝食を共にします。
その他,会場入口には,各州の青少年活動の取り組みを紹介するパネルが展示されました。

▼王宮にて。話を真剣に聴き,メモをとっている子どもたちの様子がすごく印象的です。
oukyuu
memo
▼日本語をプレイベンで学んでいるさわやか高校生と一緒に。
gakuseito
▼トゥースレン博物館にて。自国の負の歴史に真剣に耳を傾ける子どもたちです。
kengaku2 kengaku3
▼閉会式です。たくさんのカメラが!! またテレビ出演かも…
heikaisiki
▼そんな式の最中も,壇上の人が携帯電話…
keitai
▼カンポットのメンバーと一緒に。
kanpotto
▼展示に集まる生徒諸君です! 
tenji

特に印象的だったのは,トゥースレン博物館への見学です。
トゥースレン博物館は,ポル・ポト時代,つまりカンボジアの負の歴史の象徴的な空間です。
わずか,30年前に終結した地獄の時代について,
詳しい説明を受けている子どもたちの真剣な表情が忘れられません。
日本の戦争などについての説明だと,どうしても「被害者」としての
側面が強調されて受け止められがちですが,
今回のカンボジアの場合について言うと,
完全に「自国民」が「自国民」に引き起こした出来事であり,
その責任というか,ことの発端(起因)を外国・他人・外部のせいには結び付けられません。
何人かの子どもたちに,途中たどたどしく感想を聴いてみたのですが,
「悲しい出来事であるし,特に小さい子どもが被害にあっているのが残念だ」
「僕たちは代表で観に来れたので,州に帰ってから広めていきたい」
「お父さんやお母さんが僕たちの年齢くらいの出来事で,
 当時は結婚も自由にできなかったらしい。今では信じられない。」
なんてことを話していたように思います。
「同じ歴史は繰り返してほしくない。
 ヤングリーダーのみんなが,違う未来を創っていくんだよ」
とこちらも答えました。
まさに次世代を担う子どもたちに,こうした機会を提供できたのは,
本当に素晴らしいことだと思います。

また,各州の取り組みについての展示や,活動についてのディスカッションで,
子どもたち同士で意見交換や情報収集できたのも,素敵な機会だと思いました。

ただ,せっかくのこうしたすばらしいチャンスを,
もっともっと活性化させるための課題もあるように感じました。

例えば,
 お偉方の長すぎるお話が多すぎたり(最長45分でした),
同じことを淡々と繰り返す話しがあったり(資料を用意すればいいだけであって),
ただ人数や数の説明をしているだけのおじさんたちの発表だったり,
誰に向けた,何のためのお話なのか不明確なとことがたくさんあるわけです。
 もっともっと子どもの活動,発表の時間を増やす必要があったり,
子どもたちが各学校で活かしていけるような具体的な活動の場面を紹介するほうが
有意義なのでは? と思うわけでした。
 また,「3良」評価の公平性について不明確な点もあります。
すばらしい機会ではあるけれど,それがどれだけ平等に浸透しているのか,
評価は妥当だったのか,全員に本当にチャンスがあったのか… などです。

 カンボジアでは,こうした大々的なイベントでも,
いわゆる「計画」がしっかりと作られていません。
そんなわけなので,途中ムダ(と思ってしまう)時間もたくさんあります。
↑のような課題を改善していく視点を含めつつ,
計画作りにもっとJOCVが関わって行けたらいいなぁと感じました。
幸い,教育省にSVの方がつとめていらっしゃるので,
彼と連携をとりながら,そんなことができたらなと思いました。 
 

シソポンとバッタンバン の巻

両方とも,同期が活動しているカンボジアの都市の名前です。
カンボジアの北部にあって,プノンペンまでバスで6,7時間のとこです。
シソポンはEポン(男),バッタンバンはKりん(女)です。
インドネシア旅行の後,2つの街に行ってきました。

まずシソポン。
元協力隊員で,少しだけ活動がかぶったAさんの結婚式に参加するためでした。
カンボジアで結婚式をするってわけですから,
当然お相手はクマエの女性です!!!
日本とカンボジアの国際結婚は,知っているJOCV関係だけでもこれで3組目!
自分の価値観がどんどん変わっているのがわかります。
自分の中で,世界がどんどん小さくなっていくんです。
幸せそうなお二人を見ていて,たくさんの幸せを分けていただきました!!
末永くお幸せに!!
▼初めてのクマエ式結婚式参加。幸せなお二人です!
hutari hutari2
▼ドレスアップの女性メンバーと普段着の自分…。ごめんなさい。
josei じょせい2
▼みんなで「テントウムシのサンバ」の合唱です。ギター演奏させていただきました。
てんとぷむし
▼最後は,踊って踊って踊って,みんなでお祝いです!!お相手は中学校の校長先生。
dansu

続いてバッタンバン。
カンボジア第2の都市です。カンボジア最大の米どころです。
カンボジア語のロックルー,ティー先生のふるさとでもあります。
任地からかなり遠いところなので,せっかくのチャンス,
同期のKりん,先輩隊員S姉の活動を視察+観光をしました。
Kりんは小学校で直接子どもたちに,
S姉は小学校教員養成校で学生に,余った時間を使って付属校の子どもたちにも直接,
情操分野の支援を行っています。
「情操」は,いわゆる体育,音楽,図工の時間が該当しています。
視察できた活動は,二人とも体育。
1年以上活動しているS姉は,小学校1年生相手に縄跳びの授業。
クメール語で的確な指示を出していて,子どもたちがすんなり活動に取り組めていました。
子どもたちが体育の時間を待ち遠しく思っている様子がすごく伝わってきて,
さすがと思いました。
Kりんも同期でありながら,S姉に劣らない活動ぶりで驚きました。
本人は「全然ダメ~」なんて言っていますが,
しっかり子どもに指示を出し,
本来授業をすべき先生にもうまく指示(?)というかコミュニケーションをとっていて,
よく連携して,支え合って活動している様子が伝わってきました。
現場の小学校,十分な場所の確保が大変とのことでした。
お互い,頑張っていきたいな~と,改めて身の引き締まる思いがしました。
その後は,名物うわさのバンブートレインを楽しみ,
さらにその後,プノム・ソンパウという山の上にある寺に向かいました。
ポル・ポト時代に大量虐殺が行われた「キリング・ケイプ」といわれる洞窟を観るためでした。
プノンペンの「キリング・フィールド」ももちろん残酷な場所なのですが,
それ以上に「洞窟」という場所柄からか,
自然に鳥肌がたつくらいに寒気を感じる場所でした。
山から見渡す美しい景色とは裏腹に,
当時の,狂気の地獄の深さを痛感しました。
▼1年生の縄跳び。難しいようです~
nawatobi
▼Kりんの活動の様子。板についてるよ!!
kaorin kaorin2kaorin3
▼うわさのバンブートレイン! 何とも言えない愉快なアトラクションです…
banbu-
▼プノム・ソンパウ頂上からの景色です。
kesiki

最高の息抜き! の巻

カンボジアに来て,約5か月。
最高の息抜きが先週インドネシアでできました。
というわけで,
同期の仲間と行った,同期に会うためのインドネシア旅行について報告します。
初めてのインドネシア+マレーシア,
書きたいことが文字通り山ほどあります。
多分というか,絶対長くなります。
整理できないんで,小学生の絵日記のように時系列でまとめていきます。
一応自分が社会科の先生であることを確認するような記事もセットにしておきます。

11月5日。
トランジット先であるマレーシア・クアラルンプールへ。ここで一泊です。
初めての格安航空エアアジアを利用です。狭かったです。約2時間のフライトです。
クアラルンプールは,超~超~~都会でした。
空港には,スタバもマックもダンキンドーナツも!
市街地までの道は日本の高速並みの美しさです!!
街にはゴミが落ちてなくて,トゥクもモトドップもいないです。
中心地には,超高層ツインタワー,水族館だってありました。
<社会科的発見>
マレーシアはやはり基本的にはムスリムが多いです。
空港近くはパームヤシのプランテーションが広がっています。
▼ツインタワーとその内部。おシャレショップのオンパレードです!
tuintawa- naka
▼水族館にいたムスリムの女性と,空港にあったムスリムの部屋。
musurimu musurimu2
▼飛行機から見えたプランテーション
パームヤシ

11月6日。
朝早く空港に行ったのに,チェックインカウンターが超混雑です。
おかげで,なんとジョグジャカルタ行きの飛行機に乗れず…。
さすがエアアジアの対応です。
すべて自分たちの責任ということで,何の保障もなく対応終了~です。
というわけで,
ボロブドゥールはあきらめて急きょバリ島・ロンボク島に行ってしまうことに!!
そこで久ぶりに,同期日本語教師のS子と再開です!!!
ロンボクの美しさは彼女から聞いていたので,
彼女がいるうちに絶対に行こうと思っていたわけです。
ちなみに,ロンボク島はバリ島のすぐ東隣です。
<社会科的発見>
やはり,低額によるサービスの質の低下は否めないです。
▼案内された超~~素敵なヴィラ(ロッジ風ゲストハウス)です。
vira vira2
▼浜辺の素敵なイタリアンのお店へ!
イタリアン

11月7日。
S子と彼女の配属先である観光局のおじさまたちの案内でロンボクめぐりです。
そこでたくさんのインドネシア語を習いました。
インドネシア語は,母音がほぼ日本語と同じで,文字もアルファベット表記です。
おかげでたくさん覚えることができました。
ちなみに,自分の名前「タカシ」に近い言葉で「タカシムラ」というのがあるらしく,
意味はお店の人が使う「もう安くできない」とのこと。みんな喜んでました。
<社会的発見>
ロンボク島は南半球です。カンボジアが乾季に入ったタイミングで雨季に入ってました。
インドネシアは横に広い国なので,時差が国内だけで3時間あるそうです。
インドネシアも多文化共生の国です。ムスリムに加え,ヒンドゥー教徒もたくさんです。
▼ヒンドゥー教のお祈りです。
hindu-
▼観光局のおじさんとみんなで記念写真です。名物スパイシーチキンと。
kankou

11月8日。
ロンボク島の離れ小島,ギリ・トゥラワガンへ。
これまたS子と観光局のおじさんたちが案内してくれました。
雨季にも関わらずものすごい快晴に感激です。
途中寄ってくれた高台からは,
見たことのないまさにエメラルドグリーンの海が広がっていました!!!!!
そしてプライベートジェットボートに乗っていざギリ島へ移動です。
ギリ島では人生初のシュノーケリングを楽しみました。
あまりの透明度の高さに感激しまくりでした。
ウミガメをすぐ間近で観ることができました!!!
そしてS子とお別れでした泣
楽しい再開,案内本当にありがとう!!
<社会科的発見>
インドネシアもやはり島国。環太平洋造山帯に位置しています。
ロンボク島内の移動が大変で,中心には3000m級の山があります。
▼エメラルドグリーンの海です! 海なんです!!!
umi umi2 umide
▼シュノーケリング後にて。次はスキューバを目指します!!
umigamego

11月9日。
バリ島へ移動です。
ギリから高速船で約2時間です。途中大波とイルカに遭遇しました。
バリ島到着後,最大の街,クタまで移動です。
結局その日は移動でいっぱいいっぱいになり,
クタ中心部の散歩で終わりました。
なぜか,POLO(またはラルフローレン)のお店がやたらたくさんありました。
<社会科的発見>
ASEAN+?の会議がバリで開かれるらしく,その掲示物がたくさんありました。
▼ASEANへようこそ!!
asean

11月10日。
一日ツアーに参加して,
ラフティング,ケチャなどを楽しみました。
ばりばりの観光客モード全開でバリ観光です。
日本語ガイドさんがついてくれました。
インドネシアの方がお話する日本語はみんな上手で聞きやすいんですね。
<社会科的発見>
さすがしょ島部です。見事な棚田が広がっていました。
ケチャはヒンドゥーの伝統芸能と知りました。
▼みんなでラフティングです。美しい川を激しく下りました~ ゴールで棚田です!
rahuthaingu  
rahuthingu tanada
▼日の入りとともにケチャ観賞です。トランス状態で火の中へ!!
ketya ketya2

11月11日。
インドネシア旅行最終日です。
午前中,もう一度美しい海でシュノーケリングを! と思ってバリでもやりました。
が,魚はたくさん見えるものの,透明度はギリにかなわずやや残念でした…。
というわけで,クアラルンプールへ戻ってそこで一泊です。

11月12日。
朝,シェムリアップの空港へ無事到着して旅行終了でした~

以下,旅行を通して感じたことをいくつかまとめておきます。
①カンボジアの良さを再発見!
 カンボジア人はやはり屈託がなくてひとなつこい。
 というのは,他国(特にクアラルンプールのチャイナタウン)の客引きの
 しつこさ,うるささ,失礼さをすごく感じたからです。
 カンボジア人の何とも言えないゆったりした感じが,
 日々の生活のしやすさにつながっているのだと改めて感じました。
②発展するか!? カンボジア??
 マレーシア,インドネシアの両国は,同じ東南アジアでもかなり発展していました。
 もちろん,カンボジアの内戦が大きな要因の1つなんですが,
 それでも,マレー人,ネシア人の底知れぬ向上心やあくなき探求心
 のようなものが成長のカギにあるように感じました。
 どことなくゆったりしている=「現状に満足してしまっているカンボジア」
 という一面もなんとなく感じました。
③多文化共生の可能性!
 両国ともに,多数の民族・宗教などが共生しあっている文化です。
 それでも,近年大きな内戦も起こらず,それぞれ大きく発展してきました。
 これは,日本にも,カンボジアにもさまざまな可能性をもたらせてくれる実例です。
④恵まれているカンボジア隊員!
 両国ともに,地方から首都までの手段は飛行機です。
 簡単に移動できません。すなわち簡単に同期や他任地の隊員に会えません。
 カンボジアは,長くて6,7時間のバス移動(5$以下)で可能です。
 送別会などで,3ヶ月に一度は全員に会おうと思えば会えます。
 それから,S子の家には,冷蔵庫も洗濯機もキッチンもありませんでした。
 カンボジア隊員はそういった電化製品に恵まれています。

というわけで,
旅行って本当に面白いですね~
最高の息抜き+気分転換になりました!
また仕事をがんばろうって思いました!!
認めてくれた職場とJICAに感謝です。
 

落ち着きました!! の巻

とっても久しぶりになってしまいました。
元気にやっています。

11月5日~12日 インドネシア+ちょっとだけマレーシアの旅行
11月13日    バンティアミエンチェイ(同期Eポンの任地)で元先輩隊員の方の結婚式
11月14日    バッタンバン(同期Kリンの任地)で活動の視察と観光

を経て,昨日夜,無事にプノンペンに戻ってきました。
そして,今日から一週間,プノンペンで青少年活動の仕事です。
任地カンポットを二週間以上留守にしてしまいます。。。

書きたいことがありすぎて,
何を書いたらいいのかわからないので,
明日から少しずつ整理してまとめていきたいと思います!
一応元気なことだけ報告しておきます!

といいつつ,実は昨日,歯の詰め物がとれてしまい,
今日の午前中は,こっちにきて初めて病院(歯医者)に行ってしまいました!
一つだけかと思ったら,なぜか二か所治療が必要だということになり,
しかもその一か所がけっこう大きな穴になっているということで,
急きょ麻酔,大がかりな治療になってしまいました。。。。。
でも,その歯医者さん,カンボジアの方なんですが,
とても上手な方でまったく痛みもなく,無事に治療も終了して,
歯の違和感もなくすっかりなくなりました!!
日本だと,詰め物を作るために1週間後,
なんてなりますが,その日に済ませてしまうんですね~
でもなんと治療費95$!!!!! 
カンポットの局の職員の給料は約60$…
一般的なカンボジア人は,治療すら受けられない・・・!?
うーん。。。

その後,インフルエンザの予防接種を無料で受けに行き,
ひたすら,自分たちJOCVは守られているな~と実感しました。

というわけで,今日は寝ます!
明日から話題がたくさん… うまくまとめられることができるでしょうか…?


大自然の映画館・・? の巻

いつもの夕方のランニングコース・・・。
以前に書いたことのある出だしです。
N〇Kカンポットのど自慢のネタでした。
あの会場,運動会をやった場所なんですが,今日はまた新しい器材が…。

▼グラウンドに不自然なスクリーン…まさかと思って手前に行くと…
eiga

▼プロジェクターと巨大スピーカーで,なんとそこは映画館?いや映画場!!
 (写真は,確認用のカラオケのプロモーションビデオですが)
eiga2

例のごとく,そこらへんのおっちゃんに質問すると,
「七時から外国人が映画流すんだ」
とのことです。
超野外映画です。
現地の人にとっては遊び場所のないカンポット,
もちろん七時~は人だかりです。
「大草原の小さな家」ならぬ「運動場の小さな映画館」さすがカンボジアでした!!

って,もちろん仕事もしています。
仕事と言えるかどうかわかんないくらいゆるいんですが,
運動会に出場した各学校に行って,写真の掲示物を渡し,
感想文を預かってきました。
1,2位の学校は今日回収できましたが,
3,4位の学校は先生が「あっ!」ってな感じで,次の機会に回収となりました。
もしかしたら,どの学校も。。。なんて思っていてしまった自分がいたので,
二つの学校が,しかもみんなたくさんの量を書いてくれていて,
嬉しい反面,そんな風に予想していた自分が恥ずかしくなってしまいました…。

▼写真をもっていったときの生徒の反応がすごく嬉しかったです。
 みんな群がるように集まってきました。
syasinn1 syasinn2

感想文,現在80人分…。書かせたのはいいのですが,
癖のあるクメール文字…。解読にどれだけ時間がかかるか…。
一人分だけ課長が読んでくれたら,
(かなーり都合よく簡潔にまとめると)
「すっごく楽しかったです。みんなで協力したのが楽しくて,大切だって思いました。
 また来年も同じくらいにやってほしいです。
 企画してくれたいろんな組織のみなさん,ありがとうございました!」
って感じで,これまた嬉しかったです。

そんなわけで,
なんと自分,明後日から初めての任国外旅行に出かけることになりました!!!
初のインドネシア上陸です。
同期のJOCVがいるので,会ってきます。
ボロブドゥールの遺跡と,ロンボク島,バリ島に行ってきます!!!!!

ちょっと気分転換になるかなと思って楽しんできます。

悲しく,虚しく… の巻

今日は職場でちょっと残念な出来事がありました。。。

話は運動会にさかのぼるのですが,
その時に,開会式(カンボジアでは長~い長~~いお話の儀式)用のテーブルクロスをある職員が隣の課から借りてきました。
そして,その借りていたテーブルクロスがなくしてしまったというのです…。
(正確には,片づけをしている最中になくなってしまった,らしいです)

その職員が,今日になって突然,
「そのテーブルクロス代を払えるか? 10$するかしないかだ」
と聞いてくるのです。
自分にとっては寝耳に水で,それがなくなっていることも知らされておらず,
しかもいきなり,ないから金を出せ,というのにはかなり驚いてしまいました…。
最初は冗談を言ってるのかと思ったのですが,
そんな様子もないようで,しつこく同じことを繰り返し言ってきます。

自分も,ここ最近の「予算」の連呼に嫌気がさしていたので,
「納得できない。自分に責任があることだったらもちろん自分が責任をおうけど,
 自分は他の場所を片づけていて,なくなっている自体知らなかった。
 それをなぜ自分が責任をとる必要があるの??」
と精一杯のクメール語で答えました。

すると,
すごい英語の剣幕で,
「運動会はそもそもお前の考えた企画だ。俺は精一杯手伝ったし,責任がないとはなんだ?」
なようなことを話してきます…。

自分も納得できないことだし,でもこのままじゃまずいと一応冷静に判断し,
JICAの調整員さんに電話をしてみました。「JICAスタッフに相談するよ」と言って。
調整員さんには,
「出そうと思えば出せる金額。自分が出してしまってもいいのだけれど,
 今後同じようなことが起こるたびに金のある人間が支払えばいい,
 という習慣になっても困る。」
そんなようなことを伝えました。
自分の言いたいことを理解してくださった調整員さんは,
現地スタッフに英語で伝えてくださり,
彼がうちの職員とクメール語で対話です。

何回かに分けてそんなクメール語,英語,日本語での電話のやりとりを経て,
うちの職員もだいぶ落ち着いた様子です。
クメール語でのやりとりで,
「責任を自分(ウドム)に求めているわけではない。でも自分も金がない。
 だから,ちょっとシェアをしてほしいだけだ」
といったようなことになったらしく,それを調整員さんから聞きました。
調整員さんは,
「企画に伴ってのことなんで,なんなら現地業務費の一部で…」
とおっしゃってくださいました。

そんなこんなで,とりあえず一緒に市場に行って布を8$で購入。
「他の職員は,誰も協力をしてくれない。みんなで運動会を行ったのに…」
「ウドムは怒っているか?」
なんて話してくるので,
今後のことも考えて,値段も値段だし,
とりあえず半分の4$を彼に渡しました。
ことがことだけに,現地業務費は使用せず,自分の生活費からです。
渡しても「オークン」(ありがとう)の言葉もなく…。

…。

渡した後も,なんとなく後味が悪いです。
本当に渡して良かったのか,どうなのか…。
気持ちを整理してみると。。。
・4$(前後)を出し渋る自分がケチなだけなのか?
・出してしまうのは簡単だけど,本当に出してしまっていいのか?
・なんでもかんでもJICA(あるいはボランティア)への予算を求めることはありなのか?
・金をもっている人間だから仕方ないことなのか?
・自分はここに予算をとりに,金を出すために来たのか?

などなど,
いろんなことを考えてしまい,
こっちに来て初めてと言えるほど,悲しく,というか虚しい気持ちになってしまいました。
今まで一番話をしていた職員だけに余計にそう思ってしまいました。

ちょっと気持ちを入れ替えていきたいと思います。

いなかの生活を満喫!~ボン・カッタンとノンメンチョ~part2 の巻

ここはカンボジアでした。
家の温水シャワーが出なくなりました。
それに加えて,ネットがまたつながらなくなりました。
といっても,さすがそれなりに観光地。ご近所はフリーワイファイのお店がたくさんです。

今日までカンボジアは連休でした。
といってもすることがなかったので,職場に行って写真掲示物を作っていました。
こんなとき,和紙って便利ですね。
日本から持ってきておいて良かったです。

さてさて,そんなわけで今日も田舎生活レポート第2弾です。
今日は,田舎の住生活,食生活を写真でもって紹介します!!

▼おうちは昨日の通りです。木のおうち。でもこちらはかなり立派な2階建てです。
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▼2階のお部屋です。ここに泊めていただきました。
 こちらは普段,高校生のお兄ちゃんの勉強部屋兼個室だそうです。
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▼裏にある別棟の浴室です。中はこんな感じです。トイレ兼水溜です(水浴び用)。 
 水は雨水か,最近は乾季なので近くの沼?池?から汲み上げたものでした~
yokusitu naka toire mizu

▼牛舎がありました。家事用の薪を置くスペースもあります。
 牛も犬も鶏もブタも共存です。
usigoya maki

▼ペタングをやるスペースも! 最後には自分になついた犬のエーシーくんです。
petangu inu

▼軒下のダイニングと台所です。
nokista daidokoro

▼食事編です。…。わんこそば状態で食べさせられた孵化しかけのアヒルの卵(ポンティアコーン)と,
 そうめんのようなノンメンチョです(作り方は後日紹介!)。
tamago nonmentyo

▼炒めているのは,何のお肉だと思いますか?? …。
 ついに食べてしまいました。。。 正解は最後に。
nezumi
 
▼買ってきた鶏を絞めてくれる高校生のお兄ちゃん。鶏一匹使ったカレーをご馳走してくださいました。
 家の目の前にはヤシの木も。とりたてのココナッツジュースです。
niwatori kokonatu

というわけで,
カンボジアの田舎の生活は,「自然との共生」をすごく感じさせてくれました。
風土(気候などの自然環境)を活かした木のおうち。
雨水や沼?池?の水を利用したトイレや水浴び。
電気はかろうじてありましたが,上下水道やガスは整備されていない。
さまざまな動物との一緒の生活。
手に入る食材を精一杯使ってふるまう料理。
「『命』をいただく」ことを感じさせてくれる食事。

日本のそれと単純に比較すると,
不便な点がいくつもありました。
でも,彼らは当たり前の自分たちの生活を「不便」なんて微塵にも感じていなくて,
むしろ楽しみ,笑顔で生活をしています。
自然とともに生きていく力強さこそ感じました。

また,お客様に対して心の底からのおもてなしをしてくださいました。
「ご馳走」の意味って,
お客様のために「走り馳せる」ことだと読んだことがあります。
まさに,自然の中を走り馳せって食事の準備をしてくださいました。

さて,自分たちの活動。
どうしても,支援者=自分たちの母国の生活を基準にしているところが多々あると感じました。
これはあったほうがいいだろう,そのやり方は不便だろう・・・
でも,ここカンボジアにはカンボジアの生活があり,
彼らにとってはそれが普通で,その生活にはたくさんの笑顔があります。

まさに活動をいていく上での「バランス感覚」が大事なのだと感じました。

ホームステイ,本当に楽しかったです。
ちなみに,あの肉は,ネズミだそうです……。
「トムトム(でかいネズミだ)」だよとお兄ちゃん。
ご馳走さまでした。




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