スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

他州の教育局視察part3!

運動会の宣伝,ボランティア派遣可能性を探る,
他州の教育局訪問第3弾の出張から帰ってきました。

すごくいい経験をさせていただいています。
気分はすっかり,プチ調整員です。

今回は,首都プノンペン近郊の3つの州へ行ってきました。
南部へカンダール州,タケオ州,
北東へコンポンチャム州です。

kanda-ru1 kanda-ru2
カンダール州にて。やる気に満ち溢れる女性副局長がいらっしゃいました。
今まで一度も大きな支援団体が入ったことがないらしく,
JICAボランティアを切望しておいででした。
他の団体から楽器のみの提供があったそうですが,
指導者がいなくて困っているそうです。

takeo
タケオ州にて。
都合により,
シニアボランティアの方も教育省の職員さんも同行できなかったので,
…ちょっと対応が残念だったようにも感じましたが,
スポーツ課の課長さん,青少年課のスタッフのお一人が,
運動会にすごく関心を持たれていました。

tyamu
コンポンチャム州にて。
こちらは,市の教育事務所の方と,
近隣の学校の校長先生も呼んでいただき,
その方々が,目を輝かせて映像を見てくださいました。
運動の指導ができるボランティアをぜひ学校に派遣してほしいとのことでした。

出張後,今までの出張と合わせて調整員さんに報告をしました。
「出張したすべての局になるべくボランティアを派遣する方向で話を進めたい」
とのお返事でした。
「ぜひ,チームでプロジェクト的に運動会拡充が支援できたら」
という温かい言葉をいただき,
「その先達として,開拓者としてこれからもできるかぎりのことを準備してほしい」
そのメッセージを励みに,がんばっていこうと決意を新たにしてみました。

出張中,いろいろいい点もありました。

まずは,カウンターパートとしてずっと一緒に動いてくれるイアムさん。
説明は基本的に彼に任せているのですが,
だいぶ慣れていらしたようで,
質問にも自分から積極的に対応するなど,
運動会を自分のこととして受け止めてくださったいるんだと,
その姿から伝わってきました。

彼の口から,
「ウドム(私ね)がいなくなっても指導できるように,
 運動会に関する冊子をつくってほしい」
というセリフがあったので,
しばらくは,その資料づくりを進めていこうと思っています。

また,教育省の職員さんからの言葉。
「州だけで進めていこうと思っても厳しい。
 どんどん省にきて,みんなに説明をしてくれないか?」
というお誘いも受けました。
その通りなんです。
ぜひ,残り任期で,できる限りのことをやって,
後悔なく帰国できるようにしたいと感じました。

シニアの方の通訳を努めるチャムナくんともすっかり仲良くなって,
彼の実家に今度ホームステイさせてくれることにもなりました。

イヤなほうばかりに目が行くと,イヤなことが目についてしまいますが,
こうやって,
いいことに目を向ければ,たくさんのいいことが目に入ってきますね。

そんな基本的なことを思い出させてくれた出張でした。
スポンサーサイト

「対話」か・・・ の巻

最近,夜のネット環境が悪い任地カンポットです。

昨日,いつものジョギングコースを回っていると,
カンポット名物の橋の上に,ものすごいたくさんの人だかりが…
なんだろうと思って,野次馬に聞いてみると…
「若い女性が恋人を追って入水自殺したらしい」
との返事でした。。。
良く見てみると,警察が船で何かを探しています。
あぁ。。。

さて,表題について。
ちょっと長いです。
しかも文だけです。
あーぁ,また結局グチっぽいかも。。

この一週間,久しぶりに任地での仕事だったわけですが…,
新しい建物に移動しても,
なーんも仕事がない,
なーんも言われない,
なーんも求められない,
そんな状態に変わりがありませんでした。

活動1年の節目で提出する「報告書」にも,
職場からのコメント(活動に対する評価)をもらうことになっていて,
それをお願いしても,
さし障りのない
「勤勉な人物で協力してよく働いている」
ってなくらいのことしか書かれず,
イライラは絶好調に達していました。

先だっての帰国報告会や中間報告会で,
「対話」の重要性を強く感じたので,
自分もこのまま,
自分の中でムッとしているだけでは何も変わらない,
そう思って,
まずは課長に改めていろいろと相談してみました。
(最近ほとんど会話がなかったので…)

「相談」というと,言葉やわらかですが,
あるいは「批判するつもりはない」と言いつつも,
かなり失礼なことを言ってしまったように思います。
今まで思っていたことを,文書にまとめていたので,
それを読んでもらったわけです。
(建設的になるように,日本語のできる信用できるカンボジア人に訳してもらってました)

例えば,
職場に仕事がないこと,
職員が遊んでいること,
JICAの方針のこと,
今後の活動のこと,
1年の自分の取り組みに関すること
などなど。
…。

全部が全部やりとりしたことが聞き取れたわけではないのですが,
いくつか印象深い言葉をあげると…。

・職員のモチベーションが低いことは,
 課長も副局長も,局長だって知っている。
 でも,やはり給料が少ないから,多めに見るしかないのだ。

・(「何をしたいのか? ボランティアに何を望んでいるの」という問いかけに対して)
 州内の各学校にまわりたい。生徒会活動の状況を把握したい。
 あるいは指導したい。 
 JICAには,その金を用意してほしい。
 (「どんな状況が生徒会活動の理想的な状態なの?」という質問に対しては)
 特に明確な返答はなく,組織があるかどうかと言っていたように思います。

・(「運動会を自分は広めていきたいのだけど,課としてどう動いてくれる」に対して)
 取り組み自体はいいことだけど,
 カンボジアと日本の環境は違う。
 カンボジアにはカンボジアのやり方がある。
 あなたがJICAの予算でやってくれる分にはいいけど,
 青少年課には金がないから,自分たちでは厳しい。
 それから,州の教育局は国(省)からの指示に従って動くだけだ。

そんなやりとりでした。

まずは,言葉もろくに話せない奴の暴言(?)に対して,
怒りもせずちゃんと向き合ってくれたことに対しては,
嬉しかったと思っています。

また,自分自身もとりあえずの鬱積をはらせたことに対しては,
すっきりしてよかったと思っています。
(自分本位ですが…)

そういう意味では,確かに自分は恵まれた環境にあるのかなー
と思う節もあるのですが,…

でも,
でもなんです。

口を開けば予算のこと。
「ボランティアは人的分野の協力」と言っても,
結局はそういう人的資源目当てよりも,
JICAの予算が目当て,
そんな状況に変化はありません。
「自分は職員たちと子どもたちのためになる活動を一緒にしたい」
といっても,
「金がないから無理だ」
という返答しかないわけです。

また,
省からの指示だけに従う受け身の姿勢,
なんとか知恵を振り絞って,
できることを進めていこう,という積極性にかける姿勢,
にもやはり自分は納得できないのです。
「JICAは,カンボジアの自助努力を求めている」
といっても,
今の自分には,彼らの姿に「自助努力」はまったく見えてきません。。。

つまり,
やはり自分が考えてしまうのは,
ここに何代ボランティアを投入しても,
彼らの姿勢に変化がない限り,
今のような言いわけ(に聞こえてしまうのですが)
ばかりでは,
何も変わらないような気がしてならない…
ということです。。

なんだかんだで,
学校現場にいる隊員が,直接子どもたちとたくさん動いている姿を見ると,
羨ましいだけなのかもしれません。
自分の職場には,
そういった仕事に対するアクセスというのでしょうか,
距離や時間の遠さを感じます。
仕事へのしやすさがありません。
・・・。

自分の考え方に,融通がないのかもしれません。
自分ももちろん変わっていかないといけません。

あと9か月か。。
といっても,7,8,9月と学校はありません。。。

どこかで自分の気持ちのターニングポイントを見つけないとです。

もっともっと,昨日のような「対話」をしていかないとですね。

祝! の巻

カンボジアに来て,ちょうど1年が経ちました!!!
とりあえずの無事に乾杯です!

長期海外に滞在するのは,初めてのことですが,
なんとかなるもんですねー。
いいことも,イヤなこともあるけれど…
改めていい経験をさせてもらっているなと感謝の気持ちです。

さてさて,
そんなめでたい日に起こった不思議なことをご紹介。

先日,久ぶりに家に戻った時のことでした。

なんと,
・・・
なんと・・・
(こんなくだり,前にもあったような気もしますが・・・)

なんと,
部屋の壁に穴があいているんです。
しかも隣のおうちに貫通する直径20センチくらいの穴が何か所も!!!

こんな感じ↓(セメントで修理済みですが)
ana

なんでも,
隣の家のオーナー(フランス人)が,3階部分を新しく付け足したいらしく,
そのためにどうしても穴をあける必要があるとのこと…。
なんの事前の相談もなく,
「穴があいてしまったけど,この作業はつづけたい」
といきなり言われた時には,唖然としました。。。

しかも,うちの大家さんにもまだ連絡をとってないようです。。。

たまたま英語が堪能な先輩隊員が遊びにいらしていたので,
なんとかコミュニケーションはとれましたが,
その自分本位というか,マイペースさ,
これが外国なのね,と痛感した感じです。

まだ作業が続くらしいので,
今日明日と,ゲストハウス暮らしになってしまいました・・・。

<おまけの写真>
任地カンポットの先輩隊員を,
任地でお見送りしました。
まだ実感がわいていないのですが,
もう日本にいらっしゃるんですね。。
日本でのご活躍を祈っています。

youheisannto
↑ お見送りの朝。おつかれさまでした!

youheisannto2
↑ 出発前日,最後の食事を一緒に。旅行に来ていた先輩隊員たちと。

doriann2 doriann
↑ 旅行に来た先輩隊員をドリアン農園にご案内。
  時期外れのため,やっと見つかったドリアンと。

帰国報告会そして中間報告会 の巻

プノンペンから戻ってきました。

プノンペンでは,
22年度1次隊の帰国報告会,
自分たち23年度1次隊の中間報告会,
隊員総会,送別会,
その他さまざまなミーティングに参加してきました。

自分たちがカンボジアに赴任してから,
たくさんの帰国報告会に参加してきましたが,
ちょうど1年前の先輩隊員たちの報告会ということもあって,
今まで以上に身の引き締まる思いがしました。

どの先輩も,
たくさんの問題に直面しつつも,
カンボジア人との粘り強い「対話」を通して,
たくさんの成果を残されました。

そのおかげなんでしょうか,
たくさんのカンボジアの友人ができていたのが,
本当にすごいなーと感じました。

明日,いよいよ日本に帰られます。
みなさん,本当におつかれさまでした!

続いて自分たちの中間発表。

カンボジアでは,初めての試みだそうです。
1年を振り返って,
「直面した課題」と「それにどう対応してきたか」
にテーマを絞って発表とのことでした。

そんなわけで,
自分は今までこのブログで書き綴ってきたグチと,
運動会についての発表をメインに行いました。

運動会というツールが本当に適切なのかどうか,
未だに確信を得ていない…
そんな率直な気持ちも述べてみました。

発表後,
教育関係の専門家の方や,
体育をメインに行っているNGOで活動する先輩隊員から,
かなり興味をもってきただき,
残り一年,
思いきって進んでいこうと思いました。

同期
↑ 中間発表を終えた同期と,短期で出戻っていらしたA先輩と。

そんなこんなのプノンペン滞在でした!

他州の教育局視察part2! の巻

運動会宣伝,新規ボランティア配置可能性の調査のための出張から戻ってきました。
今は,首都プノンペンです。

今回は,プノンペンから北西方面に向かう国道5号線上,
コンポンチュナン州,ポーサット州,バッタンバン州に行ってきました。

konponntyunann
↑ コンポンチュナン州にて。パワポを用いた説明になれてきたイアム先生

battannbann
↑ バッタンバン州にて。局長(県の教育委員長に相当する方ね)も交えての説明

po-satto
↑ ポーサット州にて。意欲的な女性の先生。ボランティア配置を切望されておられました

内容は,先日のものと同じですが,
嬉しかったことがありました。

省の職員で一緒に動いてくださっている方が,
「周辺の学校の先生や郡事務所の先生もできれば参加させてほしい」
と呼びかけておいてくださったらしく,
青少年課のスタッフ以外にもたくさんの方が説明を聞いてくださったのです!

プレゼン後,たくさんの建設的な意見や質問を出していただきました。
目的として考えていたことを理解してくださった瞬間は嬉しいものですね。

「運動会は生徒会活動を活性化させるためのすばらしい手段だ」
「競技ももちろんいいのだが,いろいろ準備するために生徒が協力しつつ活躍するのがいい」
「魅力ある学校づくりを通して退学率の低い学校にしたい」
といったことを彼らの口からおっしゃっていただけると,
自分のやってきたことの意味を見いだせて幸せでした。

それぞれの州で,一長一短があるようですが,
コンポンチュナン州は,同行したメンバー全員が一押しの環境で,
ぜひとも新規ボランティアに活躍してほしいと思った場所でした。

各州で活躍するボランティアと食事を共にしたのですが,
自分のおかれた環境はカンボジア隊員の中でかなりいいほうで,
「何がそんなに不満なの??」
と指摘されました。
・・・。

たしかにその通りだなーと。。。
もっと自分がおかれた環境に感謝を示すと同時に,
「ボランティア」という立場での自分の視点の見直しが必要なのかと,
反省もしてみたりしました。

<おまけ>
コンポンチュアン州で臨床検査技師として活動している
Hちゃん隊員の活動先の病院にも見学に行ってきました。

byouinn
↑ 小児病棟のベッドが足りなくて,外で点滴を打っている子どもたちとその家族

今年は,カンボジアではデング熱が流行るかもしれないとのことでした。

エイズ病棟が自然にあったり(もちろん個人情報保護はカンボジアでも徹底らしい),
地雷で手の指を2本失ってしまったばかりの高校生がいたりと…,
かなり切実なカンボジアの実態を目の当たりにした感じがしました。

続・日本語指導 の巻

大阪での訓練を卒業して,ちょうど1年が経ちました。

今日からまた,任地外生活になります。
出張,帰国報告会etc,また出張と。

そんなわけで,
今日は日本語指導の続きを書いておこうと思います。

まったくの素人,本業ではない自分の日本語指導ですが,
楽しい!!
楽しすぎます!!

日本語は難しくて,
文字のこととか,
正確な発音とか,
文法などを,
ちゃんと教えようと思ったら大変なんでしょうが,
熱心な人たちと一緒の時間を過ごせるってのが何より楽しい時間となっています。

nihongosidou
↑ 授業の様子。

カンボジア語と日本語では,
発音がかなり違うところが多く,
自分が苦手なところもあるように,
カンボジアのみんなにとっても,
苦手な音がいくつかあるようです。

まずは
「つ」の音。
彼ら,出せません。

続いて,
「きゃ,きゅ,きょ」の音。
単独では難しいようです。

それでもって,
「や,ゆ,よ」の音。
カンボジアでは,
「ya」と「ja」が同じになってしまうので,
「じゅう」が「ゆう」となってしまいます。

彼らにしてみたら,
自分の発音はもっとおかしいと思うので,
そんなことは気にせず,
簡単なやりとりを継続していきたいと思っています。

一応,「書く」作業も入れているのですが,
またみんなしっかり移すので,
かなりきれいに平仮名をかけています。
ホント上手なんです。

もっと早くにやっておくべきだったなーと思っています。

帰国後もし余裕があったら,
「日本語教師」
の資格をとりに行ってみようかなーと思ったりしている今日この頃でした。

では,出張に行ってきます。

押し売り日本語授業 の巻

雨雨雨。
任地カンポットは朝から晩まで雨が続いています~

さて,一見順調そうに見られてしまう自分の活動ですが,
職場にいても何も仕事がない状況に変わりはありません。

新しい職場になっても,職員は変わらず,
来ても何をするわけでもなく,
ただボーっと座って,雑談して,ゲームをして帰るばかりです。

そんなわけで最近は,
いい意味で,
彼らに,あるいはあの職場に見切りをつけて,
一応の勤務時間に外に出かけてみたりしています。

そこで,
何か継続的にできることがあるかなーと思って思いついたのが,
例の「青少年と文化の家」での日本語指導でした。

ずいぶん前に所長さんに,
「日本語教えることはできるか?」
と言われていたことを思い出して,
思いきって自分から
「ここで日本語教えたいのだけど,大丈夫?」
と切り出してみました。

いっぱつOKで,しかも
「呼び掛けようにポスター作ってみたら?」
ということだったので,↓のような掲示物を早速作って貼ってもらいました。

keijibutu
(先輩隊員が撮影してくれました)

日本語指導については,まったくの素人ですが,
まぁとりあえず楽しい授業で,
あいさつや簡単な会話でも楽しめるカンボジア人が増えてくれたらいいなぁ,
とそんな気持ちで気楽に考えて続けていこうと思っています。

そして,ついに昨日初めての日本語教室を開催したのでした!!
なんと15人の生徒さん(18歳~23歳)までが集まってくれました。
みんな学生で,週1,2日,1時間程度だからやってみようってな感じらしいです。

nihogo
昨日の内容。

「こんにちは」「おはよう」「こんばんは」
を,日本の文字を探しながら練習してみました。
初回だからでしょうが,みんな楽しそうで自分もすごく嬉しくなりました。

少しずつ,ゆっくり続けていこうと思います。

<おまけ>
1年ずっと同じ任地で活動してきた先輩隊員が,
いよいよ任期満了で帰国することになり,
任地での送別会+彼の誕生日会を昨日行いました。

tanjoubika

同じ任地の先輩が帰るってのは,やはりさびしいものですね。。
活動,おつかれさまでした!!

他州の教育局訪問&運動会宣伝 の巻

スバイリエン州,プレイベン州の両教育局への出張を終えて帰ってきました。

今週末から来週頭には,また違う州へ行き,
その後は続けて帰国報告会,中間報告会,隊員総会,
さらにその後続けて他州への出張が続くので,
ひたすら任地外での生活になってしまいます。。。

これでいいのか・・・。

さて,そんなわけで今日は出張の様子についてまとめておきます。

出張の目的は,
①運動会の宣伝
②新規ボランティアの配置可能性を探る
③青少年センターの活動状況把握
の大きな3つでした。

運動会の説明は,
パワーポイントと,動画を編集したスペシャルプロモーションビデオで行いました。
自分つくったパワポですが,
同行したイアム先生に全部説明してもらい,
自分は裏方に回ってみました。
映像の効果は抜群で,他州の先生方もだいぶ興味をもってくださったようでした。

subairiennkyoku
スバイリエン州教育局にて

pureibenkyoku
プレイベン州教育局にて(同期Sっちゃんも参加,撮影してくれました)

一通り,意義などを説明した後に,
次のようなメッセージを伝えました。

「私は,若い世代のリーダーの資質を高めるために,局の青少年課は,カンボジアの生徒会活動を活性化させる必要があると考えています。そして,各学校で運動会を実施していくことは,この目的に合致していると思っています。現在JICAの職員は,こうした方法での,青少年分野での協力をもっと増やしていきたいと考えています。その目的を果たすために,新規ボランティアを派遣することも可能だと言っています。しかしながら,こうした計画を実施していくためには,カンボジアのみなさん,あるいは教育局と,各学校の先生方の協力と自助努力が必要です。なぜならば,JICAボランティアは,人的協力を目的としているからです。私たちボランティアには,あまり予算もなく,現地のみなさんと一緒に考え,一緒に働いていくために,やってきます。もし,こうしたJICAの方針をよく理解し,承諾してもらえるのであれば,JICAの職員にそう伝えたいと思います。その時は,JICAから改めて連絡があると思います。」

両州とも,かなりの高反応だったように思っています。
新規ボランティア配置の有用性を感じました。

いくつか理由はありますが…
両州とも,まずはオフィスが整備されていて,職員の雰囲気が明るかったこと。

やる気のある職員が,
「そのパワポと映像のデータがほしい!」
とおっしゃってくださり,データを差し上げたこと。

質問のやりとりの一つ一つが建設的だったこと。
例えば,
「青少年課に配置したいが,
 必要に応じてスポーツ課や初等・中等教育課などとも連携したい」
「ボランティアを通じて,
 職員の資質向上につなげていきたい」
といった発言です。

もし,仮に近い将来,
カンボジアのいくつかの州に「青少年活動」分野の隊員が多数配置され,
運動会などのツールを通して,
生徒会活動の活性化につながったとしたら,
そこに役だつ活動をおこなっているように思い,
すごく光栄に感じています。

素敵な機会を与えていただいていると思っています。

ただ,
「時期によってやることがない」とか「職場にいてもすることがない」
といった状況は極力減らしていかなければならないので,
カンポットでの自分の活動で,
運動会以外の活性化案をもっと提供していく必要があると改めて感じました。

<おまけの写真>
スバイリエンは,ベトナムとの国境にある州です。
夕方,国境のある街へと先生が案内してくださいました。

kokkyou1
国境にてみなさんと。

kokkyou3
国境には,
こんな豪華リムジンが泊まっているカジノ併設の豪華(かな?)ホテル
がたくさんありました。

kajino
カジノ内部には簡単に入れます!
懸けごとはしていませんよ~笑

kokkyou2
カジノには,日本食を食べられるレストランもありました。
寿司セットがなんと6$!
初めて寿司を食べるカウンターパートのイアム先生でした。

気持ちを切りかえて・・・ の巻

久しぶりに普通に職場へ… 
という予定の一日でしたが…

朝の英語の授業は,「選挙の開票作業」のためお休み。
実は,昨日カンボジアでは村(コミューン)の役員(議員)の選挙が行われていて,
中心となる学校は,その投票所となっていたわけです。

にしても,なんと休みの多い学校でしょうか…。

ちなみに,投票をおえたカンボジアのみなさんの指はこんなふう↓になってます。
yubi
投票を終えたサインですね。

その後職場へ行くと…
スタッフは誰一人としているわけでもなく,
カギっ子として自分がカギを開けるわけです。

まぁ最近は,「怒り」もほとんど失せ果てて,
自分もやりたいようにやらせてもらおうって気持ちになっています。

さてさて,
そんな自分ですが,
実はJICAの調整員さんから,
「青少年活動の隊員を他の州にも配置してみないか?」
と打診され,そのための準備に取り掛かっている最中でもあるわけです。

現在,青少年活動のJOCVは自分一人だけです。
6月に新隊員さんが赴任予定ですが,それでも2人。
「せっかく運動会という形で,生徒会活動活性化の道を開いたのだから,
 それを他の州にも広げたり,
 あるいはチームで一種のプロジェクトのように実施していけばもっとやりやすいのでは?」
という提案を受けたわけです。

たしかに,一人でやるよりはみんなでやったほうがやりがいもあるし,
せっかく自分が挑戦してみた取り組みだから,
根付いてほしいし,定着してほしいという思いもあり,
その期待にこたえてみようと思ったわけです。

いくつかの州に的を絞って,
各州の教育局の局長さん,担当する課のスタッフの皆さんに,
運動会についての宣伝と,
JICAボランティア配置の妥当性をうかがってくることになりました。

さしあたって,
明日からは,ベトナム国境に位置するスバイリエン州と,
そのお隣プレイベン州に出張することとなりました。

まぁ,職場にいてもまったく仕事がないわけなので,
少しでも,
何らかの形で,
カンボジアに貢献できそうな気もするので,
しっかりやってこようと思います。

地雷博物館 の巻

すっかり雨季到来のカンポットです。
毎日まさに日本の梅雨のようなシトシト雨が続きます。

また,家のワイファイの調子が悪く,
ネットがつながらない状態も続いています。
アフリカの隊員さんから比べたら,大したことないですが…。

さて,シェムスタディツアー中,
合間の時間を使って,
かねてから行きたかった「アキラ地雷博物館」に行ってきました。
今日は,そのことを書いておきたいと思います。

詳しくは,次のサイト
http://peace.s9.xrea.com/
あるいは,
↓の本がおすすめです。
honn

博物館を建設したアキラさん(カンボジア語でアキ・ラーさん)
の人生は,カンボジアの負の歴史そのものでした。

ポルポト軍に両親を殺され,
自身も20歳になるまで,
ポルポト軍→ベトナム軍→カンボジア軍と渡り歩き,
「死」と隣り合わせの少年時代を歩いてこられたそうです。

内戦後(ここでは,ポルポトの亡くなった1998年を内戦終了と位置付けているようです),
自分がなにをすべきかと思った時,
「地雷撤去」を自分の人生の柱にしようと思いつき,
今までずっとその作業を継続しているとのことでした。

地雷博物館入口。
政府や州とのいろいろなやりとりの中で,現在の場所に移転したとのことです。
シェム市内から,トゥクトゥクに揺られて約1時間の場所にあります。
jiraihakubutukan

日本人ボランティアのカワヒロさんが案内をしてくださいました。
カンボジアの歴史,アキラさんのこと… 
「日本の若者にたくさん知ってほしい」とのことです。
伝えることの大切さ,自分も感じました。
後ろにあるのは,火薬を抜いたクラスター爆弾だそうです。
nihonnjinnboranthia

地雷の展示。すべてアキラさんが「手作業」で撤去した地雷だそうです。
そうした努力が実って,
かつて世界最大の地雷保有国(埋設国)だったカンボジアも,
数だけでは,だいぶ減ってきているそうです。
しかし,今でも地雷が埋まっていることには違いなく,
その被害にあう人もまだまだ多数いるそうです。。。
tanji

世界共通の地雷マーク。
まさに「死」の兵器。。。
不必要になったこのマークは,販売されていました。
日本の学校の生徒に知らせるために,1枚購入しておきました。
jiraima-ku

アキラさん。
自分が見学に行った日も,バンティエイミエンチェイ州の地雷撤去に行かれていたそうです。
akirasann

アキラさん,
地雷で手足を失った子どもたちや,両親を失った子どもたちの里親として
彼らの養育も行っているそうです。
また,学校が少ない地域には私費で学校を建設し,
その先生方の給料も彼が集めたドネーションで賄っているそうです。

日々の活動をしていると,
豊かになったカンボジアの一面ばかりが目に入ってしまうのですが,
こうした現実を目の当たりにすると,
まだまだカンボジアには負の側面がたくさんあるのだと痛感します。

また,自分がこうした現実の改善に少しでも貢献したいと思って,
協力隊に応募した初心を思い出させてくれるものでした。

ぜひ,カンボジアにお越しの際は,
アキラの地雷博物館も見学してみてください。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。