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あと少し・・・ の巻

運動会に関する資料作りの続編です。

ある職員に「まったくわからない。ほぼ書き直し」といわれ、
やや途方に暮れていた作業ですが、
昨日今日と、イアム先生と一緒にその指摘されたところを確認しました。

イアム先生や他の職員たちも、
「多少変な表現だったとしても、日本人のあなたが書いたことに意義がある」
ということで、
折衷ではありませんが、
所によって手直し、所によってそのまま。
そんな形で作業を進めてくださいました。

おかげでだいぶ作業ははかどり、
修正部分のほとんどは手直しが済みました。
かなーり一段落です。

隊員によってはこういった作業をどんどんこなし、
そうとう量の資料を残した方々もいます。
この資料を完成させるのに、どれだけの時間がかかってしまったか・・・
自分の力量不足を改めて感じてしまいました。

あとは、いくつかの加筆を行って、
紙資料に添付するデータをCDに保存させる作業で終了です!

この資料を、教育省の方、他州の青少年課、モデルとなる学校に配布し、
普及あるいは、実際の学校での指導に使っていく予定です。

手伝ってくださった先生方に感謝です。

さて、そんなわけで、
来週からは再びシェムリアップでのスタディツアー同行のための出張が待っています。
今回も、アイスブレークなどのレクレーションを紹介したり、
日本の歌を紹介したりしてきます。
さらに出張後は、プノンペンで情操分野のボランティアのミーティング。
約10日間任地を留守にします。

おまけ。
今日は、JICAの調整員さん、健康管理委員さんがそれぞれカンポットにいらっしゃいました。
調整員さんは自分の配属先で今後の活動についての相談、
健康管理委員さんは病院の視察のため。

お昼を健康管理委員さんと一緒にとっていると、
橋になにやらたくさんの人だかりが・・?

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よーく見てみると、
川に人の陰が!!!
わかりますか? 左下あたりにあるが頭。
「なぜ?」
後で聞いてみると、
「学生がよった勢いで飛び込んだ」
だそうです・・・。

おいおい・・・。
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悲しい過去を乗り越えて の巻

群馬県富岡製糸場が世界遺産の候補として申請に出されるようです。
自分の実家からもまぁ近いほうなので、
見事リストに載ることを陰ながら祈っています。

平凡な毎日が続いています。

さて、
昨日任地カンポットに赴任した後輩隊員さんの新住居チェックのために、
JICAの安全担当Sさんがいらっしゃいました。

思いのほか難航してしまった新隊員Uちゃんの住居探しですが、
とりあえず家が決定し、一段落です。
自分の家がいかにいいところか、改めて感じました。
と同時に、Sさんの住居チェックが入ってからもう1年以上たっているんだなー、
と感慨深くなりました。

そんなことはどうでもいいとして、
昨日はSさんを囲んで夕食をともにしたわけですが、
JICAの運転手さんも交えて少しお話をしました。

その内容が、とても印象的だったので書いておきたいと思います。

話題は、妙な流れでポルポト時代のことに・・・。

実際にご両親を目の前でクメールルージュに殺されたこと、
(その両親を殺した人の名前もしっかり覚えているそうです・・・)
腹を空かせて魚か何かを無断で食した人も目の前で殺されたこと、
虐殺にあった場所から、犬や他の動物が人骨を加えて持ち帰ってきたこと、
動物だけでなく、腹を空かせた人もまたその人肉を・・・

クメールルージュの中にも、
ひどいことを平気でする人と、
そうでなく優しくて腹を空かせた子どもたちに、ご飯を陰でくれた人もいるそうです。
ただ、それが他にばれると当然・・・なわけですが。

これらのこと、
30年経ってもまだなお鮮明な記憶であるとおっしゃっていました。

今まで他の人とこういった話をする機会は何回かあったのですが、
ここまで具体的な記憶について聞いたことはなかったので、
自分にとってもかなり衝撃的でした。

そういった負の歴史を抱えつつも、
カンボジアは未来に向かってどんどん動いています。
悲しみを乗り越え、
二度とそういったことがカンボジアだけでなく世界中で、
繰り返されないよう自分たちにできることを考え続けたいと思いました。

おまけ。
教育局の敷地内で、大量の生徒用机が作られ、
それが郡部に運ばれていきました。
学校での教育をスムーズに進めるための教育局の大事な役割。
どんどんこういったことが増えるといいですね。

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青少年活動隊員増! の巻

プノンペンに行ってきました。

お世話になった調整員さんのご帰国に向けたお別れパーティ、
青少年活動のシニアボランティアであるTさんとの打ち合わせ、
同期シニアボランティアのおかんが開いたクマエユースたちとのお食事会、
調整員さんとの打ち合わせ、
教育省青少年局の責任者であるソグー氏への運動会プレゼンテーション・・・

とかなーり盛りだくさんな3日間でした。

この間、
新しく青少年活動の隊員として赴任したWちゃんとほとんど行動をともにしていました。
出張申請などの事務的な手続きの方法から、
なぜ運動会なのかといったことなど、
たくさんの話ができて、
また彼女もそれを積極的にいかしてくれそうで、
頼もしい後輩ができたなーと思いました。

彼女も任地クラチェで、
職場の同僚たちと運動会を企画していくことになっています。
運動会が少しずつ広がっていくことが楽しみです。

以前も書きましたが、
いよいよ協力隊の秋募集で青少年活動隊員の応募が始まります。
各州で運動会を広めるための募集です。

また、
自分の後任ボランティアさんも決定したそうです。
25年度一次隊として赴任されるとのことです。

少しでも、そうした後輩ボランティアさんたちの活動が、
スムーズに始まるよう、自分にできることを精一杯行って帰国したいと改めて思いました。

まずは、資料作りの完成を目指します。

送別パーティの一幕。
写真

直す所だらけ! の巻

今日職場に行ってびっくりしたことが!?

なんと、
新しい職員さん(お若い女性)が一人!!!
元中学校の先生でしたが、
新しくここ青少年課で働くことになったらしいです。。。

前からの通り、仕事自体そんなにない課で、
遊んでいる人が多いのに、
「必要なのか・・!?」
とつっこみたくなりますが、
彼女の働きに期待するわけでした。

ちなみに彼女、
自分が副局長にお願いした仕事を丸投げされていました。。。
あーぁ。

それはどうでもいいとして、
こちらは昨日に引き続き、資料の手直し作業が続きました。

ほぼ完成かなーと思っていたのですが、
その先生曰く「このままではまったくわからん」
とのこと。

これでもか、ってくらい赤を入れられ、
手直しする量の多さが半端なかったです。
自分のクメール語レベルの低さを改めて痛感して、
ちょっと凹んだところもあるのですが、
それ以上に真剣に向き合ってくれているのがとても嬉しかったです。

考えてみると、
イアムさんにかなり甘えているところがあって、
彼とはずっと一緒に行動していたので、
彼はかなり前提としている知識や経験がありました。
それゆえ、自分のつたない文章も想像の部分でカバーしてくれていたわけです。

でも、他の人に伝わらなかったら意味がなく、
かなり大変なことになりますが、
もう一度時間をかけて直さなければと思いました。

名もなき歌・・・ の巻

名曲、Mr.Childrenの「名もなき歌」。

♩いらだつような街並にたったって
 感情さえもリアルにもてなくなりそうだけど、
 こんな不調和な暮らしの中で、
 たまに情緒不安定になるだろう?

 あるがままの生きられる弱さを
 誰かのせいにして過ごしてる
 知らぬ間に築いてた自分らしさのおりの中で、
 もがいてるなら僕だってそうなんだ

 いろんなことを踏み台にしてきたけど、
 なくしちゃいけないものが
 やっと見つかった気がする

 愛はきっと奪うでも 与えるでもなくて、
 気がつけばそこにあるもの
 街の風に吹かれて 歌いながら
 妙なプライドは捨ててしまえばいい
 そこから始まるさ

 絶望 失望 何をくすぶってんだ
 愛 自由 希望 夢
 足下をごらんよ きっと転がってるさ
 (一部略)

今日ほど、この歌詞がいたく身にしみた日はなかったかもしれません。。
って、何年生きてるんだって感じですが・・・。

というのは、仕事の話です。
この歌詞の意味を仕事に置き換えてみたとき、
スポンジが水を吸収するのと同じように体に入ってきてしまいました。。。

というのは・・・、
今日職場に行ってしばらくすると、
(これまでのいろんな流れで)ちょっと自分が遠ざかっていた職員がやってきて、
運動会に関する資料にたくさん赤を入れて持ってきてくれたのです。
「多い。わからん。頭がいたくなる」
とはいいながらも、
「これは何を言いたいんだ?」
と一文一文チェックを入れてくれていた跡が伺えます。
クメール語がはやくて、あるいは手書きで読みづらいところがあると、
丁寧に最後まで相手をしてくれ、
「こう書いたほうが聞こえがいい。文章には適している」
といって40分近く相手をしてくれました。

このロックルー(「先生」の意味)、
先日のポイペトの運動会に一緒に行った方で、
そのときの様子をふまえて、
運動会の意義を十分理解してくれていました。

「続きはまた明日やる」
と言っていつものゲームになってしまったわけですが、
何ともそのやりとりが自分には嬉しくて仕方ありませんでした。。。

同時に、
その嬉しさの反面、
いかに自分のこれまでの行動が情けなかったことか・・・
と振り返ることができました。

まさに、「名もなき歌」の歌詞のとおり。。。

これからも、超ネガティブ男は超ドつぼにはまってしまうことがあるかもしれませんが、
自分のカンボジア生活も残り約8ヶ月。

今日のこのやりとりを忘れず、
「足下にある 愛 自由 希望 夢」
から目をそらさずに前進していこうと思った今日この頃でした。

stand by me・・・の巻

ひさしぶりに朝から通常勤務の一日となりました。

ただ、
職場は「高校三年生の試験の結果のまとめ作業」(と解釈)のため、
担当する課の職員&課長以上クラスの人はみんなプノンペンへ。

従って、
役職のない人は「来ても来なくてもいい日」(イアムさん談)だそうです。
そんなわけで、とても閑散としている教育局でした。

働き者のイアムさんは、朝早くからやってきて、
自分がお願いしていた作業を一緒に進めてくださいました。
本当に彼のおかげで、なんとか自分が保たれているようなものです。。

彼のおかげで、もうすぐ「運動会開催に関する資料」が完成予定です。
この説明をなんとか教育省でやらせていただけるよう、
そこで活動するシニアボランティアの方にお願いしているところです。

さて、夕方は日本語教室。
こちらも久しぶりです。
某格安航空会社の飛行機から、
日本の特集をしていたフリー雑誌を持って帰り、
それを使って、日本の文化を簡単に説明しました。

生け花、着物、温泉、寿司、すもう、そして原宿スタイル!?

積極的に質問してくれるみんなに、
かなりつたないクメール語で返す自分。
結局今日は、自分にとってのクメール語教室となりました。。。

んでもってさらに今日は、
その日本語教室を開いている「青少年と文化の家」で、
「フランスから来たスカウトメンバーとのお別れ式」があるというので、
臨時参加(去年も同じ時期にありましたー。なつかしい)。

その場で、
最後の思い出にみんなで歌っていたのが「stand by me」。

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妙に胸にグッとくる曲調で、
ちょっと涙が出てきそうになってしまったわけでした。
その理由は・・・。

時間の旅へ〜マレーシア、シンガポール、インドネシアへ〜 の巻

こんばんは。
ひさしぶりのアップとなります。

任国外旅行、日本からの友人のご案内を経て、
ひさしぶりに落ち着いた通常生活になりそうです。

というわけで、
今回は任国外旅行の振り返りを。
(活動らしい活動ができてないのでじゃっかん心苦しいのですが・・・)

今回の任国外旅行は、
お隣の国ラオスで活動している隊員仲間と、
「歴史を巡る旅」をすることがテーマでした。

それぞれの旅先で、
別の時代の建築物などをみて、
雄大な時の流れを感じたように思っています。

マレーシア・マラッカは、中世から近代。
シンガポールは、現代。
インドネシア・ボロブドゥール遺跡は、古代。
同じくジャワ原人発掘現場は、原始。
といった感じです。

では写真で振り返ります。

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マラッカは、かつてポルトガル、オランダ、イギリス、日本と、
多くの国の「帝国主義」の支配下におかれていたことで有名な街です。
ここは、そんな植民地時代の役所として使われていたマラッカの中心地です。

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ポルトガルの支配を受けていたとき、
ここに立ち寄っていたのが、「フランシスコ・ザビエル」。
彼の銅像が中心部の公園におかれています。

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マラッカには、結構大きなショッピングモールがありました。
ダイソーや回転寿司のお店も!
たまたま通りかかった電気屋さんでは、
ロンドンオリンピックのマレーシア対中国のバドミントンの試合が中継!
寿司屋のお兄ちゃんも、仕事そっちのけでテレビの前へ。

そんなわけでマラッカからは、バスでシンガポールへ。

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マレーシアは、同じ東南アジアとは思えない大都市でした。。
林立するビルの数、行き交う人々の雰囲気、物価・・・。
そんなシンガポールのシンボル?と言えば、マーライオン。

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そして恐ろしく美しい夜景を背景に。

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シンガポールのデパートには、普通に日本語が飛び交うお店も!
「いらっしゃいませ」の先には、超おいしそうなつけ麺のお店!!
カンボジアでは食べられない味を堪能させていただきました。

たった一日のシンガポール滞在から、
ボロボドゥール遺跡のあるジョグジャカルタまでは飛行機で。

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ボロブドゥールは、800年代に建立された巨大仏教建築。
日本語ガイドさんのおかげでわかりやすく遺跡を堪能しました。
朝は、4時に起きての朝日ツアー。
遺跡の上から眺めたサンライズは、最高のものでした。

続いてボロブドゥールと双肩をなして有名な、
プランバナン遺跡へ。

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こちらは、ヒンドゥー教建築。
アンコールワットに通じるヒンドゥー世界観の表出する寺院でした。

そして最後は、ジャワ原人の骨が発掘されたソロ・サンギランという世界遺産へ。

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「世界遺産」ではあるのですが、
日本の岩宿遺跡と同じような感じで、ちょっとここは・・・でしたが、
それでも、人類の祖先の生まれた地への旅行は、味があるものですね。。

ってなわけで、かなり急ぎ足でしたが、
社会科の先生的にはかなりワクワクした旅の思い出でした。

旅の途中、
かの「深夜特急」を著した沢木耕太郎さんの『旅の力』という本を読みました。

その中で、映像版の主役を務めた大沢たかおさんとの対談があり、
その一説に、こんな一文がありました。

「長い間海外を旅していると、
 自分を飾っているいろんなものが剥がれていって、
 自分というものが露わになるように感じることがある。
 隠している自分が徐々に見えてくるような」

と。
深い意味は、ここでは避けるとして・・・
そーんなことを考えたりもした旅でした。

やっぱりイアムさん の巻

雨がよくふる任地です。

さて、
実は昨日職場で、久しぶりに嫌なことがありました。
昨夜は本当にむしゃくしゃしていたのですが、
そんなむしゃくしゃした気持ちを緩和してくれたのは、
やはり敬愛するイアムさんでした。

今朝職場に行くと、
先週の運動会に参加した際の感想文(報告書)を、
人数分そろえて持ってきてくださいました。

手書きのクメール語ほど読みにくいものはないのですが、
一緒に読んでくれ、わかりやすく解説してくださいました。

感想は、昨日自分が書いたことと同じような内容だったので割愛しますが、
カンポットでもまた運動会をやりたい、
そして新しいことにも挑戦して、
昨年以上に充実したものを創りたい、
というそんな前向きなコメントがたくさんあって、
とても救われた気持ちになりました。

また、そんな解読作業の後は、
「ビデオクリップの作り方を知ってる?」
ということだったので、
簡単に「ムービーメーカー」の使い方を説明しました。
簡単で楽しかったようで、
さっそく先日の写真を使って、効果もたくさんつけて作業されました。

午後は、特に用もなかったので、
「バンチャエウ」(カンボジア版お好み焼き?)でも食べに行くか?
と誘ってくださったので、ごちそうになってきました。

DSC05201.jpg

任地で食べたことがなかったのですが、
かなりおいしい店でした。

一人でも活動を理解してくれる人がいれば十分。

隊員仲間からその言葉をよく聞くのですが、
まさにイアムさんの存在の大きさを痛感しています。
彼のおかげで、なんとかつぶれず活動できているなぁと、
改めて実感した一日でした。

さて、来週は高校3年生のための試験週間。
仕事がまたなくなるので、
任国外旅行の許可を得て、
マレーシア、シンガポール、インドネシアを6日間で、
いそがしく回ってきます。

その後は日本からの友人のカンボジアご案内第2弾です。

行ってきます。

小さな村の運動会 の巻

昨日から任地カンポットは大雨の連続です。
本当によく降る・・・。
道は、水であふれかえっています。

さて昨日に引き続き、振り返りブログです。

先週視察に行ってきた運動会について報告します。
行ってきたのは、タイとの国境にあるポイペト市。

あまり裕福とは言えないこの地域ですが、
いろんな団体からの支援を有効に活用して、
運動会を計画した小学校があります。

1つは、アピヴォワット小学校、今年で6年目の実施。
もう1つは、オーニアング小学校、アピヴォワット小に習って、
今年初めての実施だそうです。

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任地からは、合計12時間のバスの旅でした。
職場のスタッフ2名、運動会を実施した中学校からそれぞれ1名、
計5名で出張に行かせていただきました。

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入場行進も音楽にあわせてしっかりできていました。
また、組体操やダンスなど、競技以外のプログラムも充実していました。

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日本の小学生が使ういわゆる「赤白帽」をかぶる先生・・・。
それが面白いのではなくて、
すばらしいのは、すべての先生方が協力して行事を創っていたところです。
事前の準備から、当日の運営まで、
先生方の役割分担がしっかりできていたのがすごかったです。
また、自分の学校以外にも手伝いにいき、
学校間のコミュニケーションもよくとれているなと思いました。

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NGOからの支援もありますが、
それ以外にもお寺や地域、銀行などからも多数の支援金を工夫して集めていました。
そのおかげで、当日は地域の人がお昼ご飯の炊き出しを行ってくださり、
生徒たちもおいしそうに食べていました。

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おそらく幼稚園段階の子ですが、
側転、バク転・・・かなりの対術を披露してくれました。

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そしてもっともシュールだったのが、
なぜかオムツをはいて登場した子どもムエタイ戦士!
発表の一環で、小学生もムエタイをやらせてしまうあたりは、
さすがカンボジアでした。

一緒に参加した先生たちも、生徒を誘導したり、
積極的に動いてくださったのが嬉しかったです。
また、運動会にもかなり意欲を示してくれ、
10月から学校が再開した際には、また運動会をぜひ実施しようということになりました。

努力家たちとのシェムの旅 の巻

久しぶりのアップです。

怒濤の任地外生活第1クールを終えて、
任地に戻ってきました。

24日から27日は、ポイペトでの運動会視察、
28日から昨日までは、日本からの友人の案内でシェムリアップ観光
という、ハードスケジュールをこなしてきました。

というわけで、書きたいことは山ほどありますが、
とりあえず記憶の新しいシェムのほうから書いておきたいと思います。

日本からの友人は、S。
大学院時代の友人で、かなりの勉強家。
今は茨城県のとある有名公立進学校で教鞭をとっています。

また、遺跡などの案内はシェムの高校3年生で、
スカウト活動をして遺跡に通じているし、
さらに日本語も話せるポーリン君にお願いしていました。

電話でちょっとお願いしていただけですが、
会ったときには、ちゃんと予定表まで作ってくれていました。
予定表の中、いくつか漢字も使っていて、
本当にその努力と心遣いに胸を打たれました。

二人とも、まさに「努力の人」。
そんな二人と、3泊4日のシェムリアップ旅行は、かなり楽しいものでした。
写真で振り返って行きたいと思います。

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まずは、こてこてアンコールワット。
4時半にホテルをでて、夜明け前の神秘的なアンコールを堪能。

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続いて、地理のスペシャリスト、Sの希望でやってきたトンレサップ湖。
雨期には、乾期の約3倍に膨れるという東南アジア最大の湖です。
こんな船に乗って、高床式の家を見て、水平線の先が見えない湖の中央へ!

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4日間使ったトゥクの運転手には、なんだか愛着さえわいてきました。
お見送りの空港にて。。

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そして、あいのり2で実際に使っていたラブワゴンに遭遇!!
運転手を務めた人がそのまま車を使っているそうです!
また、映画「僕たちは世界を変えることができない」で、
出演者たちが実際に使ったレストランの、実際に使ったテーブルにて。
会計を務めたという陽気な兄ちゃんがよく覚えていました!

道中、二人の努力家たちとたくさんの話をして、
刺激をたくさんいただきました。

カンボジアに長期滞在できていることの幸せを改めて感じることができました。

PS。
でも、今回の旅行ではたくさんの事故も・・・。
1つは、写真を一緒にとろうとした牛に左足を蹴られてしまったこと。。
2つは、トゥクがぬかるんだ道で横転し、右肩を打撲してしまったこと。。。
とりあえず様子をみていきたいと思います。。
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