スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

キリングフィールド,トゥールスレン強制収容所

 カンボジアに来て二回目の土日を過ごしました。
 書き始める前に…かなり本題と関係ないのですが,ピロへ。返事を書きたいのですが,書き方がよくわかりません。。。しかも携帯のアドレスだとメールが届かないので,パソコンアドレスあったら教えてください。。。

 さて休日の話ですが,昨日は同期隊員5人でプノンペンの負の遺産,キリングフィールドとトゥールスレン強制収容所と見学に行きました。夜は歓迎会二回目ということで,ドミトリー前でのバーベキューを先輩隊員が用意してくださいました。今日日曜は,自転車でプノンペン市内を軽く一周してみました。地図を見ながらでしたが,だいぶ土地勘がつかめてきたように思います。夜は,日本の大河ドラマ「江」をドミで見ました。電波が届いているんですね。

 そこで今日は昨日のキリングフィールドとトゥールスレン強制収容所の見学についてまとめておきたいと思います。↑に「負の遺産」と書きましたが,まさに人類史上希有でかつ残酷な歴史の舞台が,ここプノンペンで約30年前に起こっていたのです。見学の前に,事前学習ということで日本から持参したノンフィクション映画(DVD)「キリングフィールド」をみんなで鑑賞しました。後ほどカンボジアの現代史についてはまとめたいと思いますが,今日はその映画の概要で簡単に現代史をまとめておきたいと思います。自分の理解が違うところもあるかもしれません。もし違うところがあったら教えてください。
 映画は,一応アメリカ人新聞記者とカンボジア人新聞記者の友情ストーリーではあるのですが,1975年のプノンペンからスタートします。カンボジアは,第二次世界大戦後しばらくしてから,元国王であるシハヌークによって独立を達成します。彼は,王政社会主義という珍しい政治体制をとりますが,そのおかげでしばしの平和を取り戻しました。しかし,ベトナム戦争の開戦によって,カンボジアにも大きな変化が訪れます。シハヌークは,アメリカと一定の距離をとっていたわけですが,ベトナム戦争の泥沼状態とシハヌークの姿勢にしびれを切らしたアメリカが,ロン・ノル将軍をそそのかし,クーデターが発生します。そこからカンボジアでもロンノルの政府軍と,旧シハヌーク時代に組織されていたクメールルージュ(赤いクメール)との間で内戦が勃発することになりました。映画は,まさにその時代からスタートです。
 1975年,いよいよポル・ポト率いるクメールルージュがプノンペンを奪還します。市民がこれを大歓迎していた様子も映画には描かれています。しかし,これこそが悪夢のスタートとなったわけです。原始共産主義を目指すポル・ポトは,農業こそが国のすべてという発想で,それまでの都市住民を強制的に農村へと移住させます。当時の外国人は一時避難のような形で,帰国となります。映画では,二人の記者がここで引き離されます。農村では,家族が引き離され,同年代の小集団での集団労働が科せられました。すべては「オンカー」(組織)の命令で,お互いが監視状態の中で,労働を強いられました。「オンカー」という一種の宗教的支配者が,当時のクメールルージュのメンバーを洗脳していたのだと,ある本に書いてあったのを思い出しました。映画でも,その様子が描かれています。ちなみに,大阪での語学訓練の先生であるティ先生も,当時6歳前後でこの労働をしていたとおっしゃっていました。映画の中にもそれくらいの年齢と思われる男の子が出てきます。すぐ近くにいた先生がその時代を生き抜いてきて,その歴史について語ってくださったこと,貴重な経験でした。
 当然そんな無茶苦茶な取り組みに懐疑の念を抱く人たちも多くいたことと思います。ポル・ポトは,それを恐れ医師,教師,技術者,英語やフランス語を話せる人,いわゆる知識人といわれる本人と家族の粛清を開始します。それは同じクメールルージュの幹部にも当てはまったそうです。そうした人たちを収容し,拷問にかけた場所がトゥールスレン強制収容所です。もともとは高校の建物だったので,市街地の中心部に位置しています。中は,元教室の収容施設と,収容されていた方々の顔写真や,拷問直後の写真などが展示してあります。「悲惨」という簡単な言葉では語りきれませんが,悪夢の存在をそこに確実に感じられました。そしてそこからプノンペン郊外にあるキリングフィールド(殺すための原野)に人々が送られます。キリングフィールドには,たくさんの「穴」があり,デコボコしています。その「穴」は,まさに処刑後の遺体を入れるためのものです。また,「キリングツリー」と呼ばれる大きな木もあります。小さい子どもは,その木に頭をたたきつけるだけで,命を落とされました…。現在中心には慰霊塔があり,8000以上の頭骨が安置されています。犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするばかりでした。
▼トゥールスレン強制収容所です
torusurenn
▼キリングフィールドにある慰霊塔です
キリングフィールド1
▼キリングフィールドにみられるデコボコです
キリングフィールド2
 虐殺,ジェノサイド,ホロコーストと,現代史にもたくさんの不幸がありますが,同民族,同宗教でのそれは類まれの出来事だと思っています。もちろん民族・宗教のとらえ方にもよりますが,とても理解に苦しむのがカンボジアのこの歴史です。本当に信じられません。
 現在のカンボジアは,まだまだ課題はあるけれど,当時に比べればかなり平和で,のどかで,何よりたくさんの笑顔があります。またキリングフィールドの隣には,小学校がありました。見学中子どもたちのにぎやかな笑い声が届いてきました。それを聴いて安心したというか,平和になった今こそ,新しい時代を切り開いていくための教育が必要なんだと思いました。自分がここにやってきたことの大きな意味を改めて実感しました。




スポンサーサイト
コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ぴろへ??

アドレス書いてないよ~? 教えてください~~
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。