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プレイベン,何もないのが魅力です の巻

任地カンポットに戻ってきました。
といっても,今日月曜日は振り替え休日で仕事はお休みでした。
一昨日,7日が「ポル・ポト支配からの解放の日」で,その振替だそうです。

さて,そんなわけでお正月の視察旅行の報告第2弾です。
仕事の報告がなかなかできないのが残念で仕方ありませんが…。

プレイベン州は,首都プノンペンの東隣に位置していて,
バスに乗って約2時間半のところです。

とっても田舎で,あたり一面水田が広がっていました。

▼THEカンボジアの風景に溶け込んでみました~

suiden

ここには,アンコール王朝以前の扶南の王都があったらしく,
わずかですが,その遺跡が残っていました。

▼遺跡とその周辺の子どもたち。観光客が珍しくみんな集合です。
 並び方がEX〇LEみたいですか??

iseki

歴史関係でもう一つ。
プレイベンからプレイベンに向かう途中の街,ネアックルーンには,
ロン・ノル将軍によるクーデター後に,
ベトナム戦争で苦戦していたアメリカによる誤爆(あえての空爆??)
があったことでも知られています。
映画,「キリングフィールド」でも取り上げられている出来事です。

▼その街の像です。何を示しているかは不明ですが…。

kuubaku

さてさて,そんなプレイベンの小学校教員養成校で,同期Sっちゃんが働いています。
彼女の主な活動は,情操教育,体育・図工・音楽の指導です。
教員養成校なので,相手は19~20歳前後の学生さんたちですが,
彼ら自身が学校でそれらの教育をあまり受けてこなかったので,
一からのスタートだそうです。

体育と音楽の授業を見学させてもらいました。

taiiku
ongaku

さすが,小学校の先生でした。
いろんなアイディアが満載で,かなり参考になりました。
すっかり,協力隊として活動している姿に刺激を受けました。

そんな彼女にも,やはり活動上の悩みはたくさんあるとのことです。
本来は,養成校の先生方と連携して,
一緒にいろんな授業の案を考えていくのが彼女の仕事。
でも,彼女に頼り切って,本来教えるべき先生がその場にいないことが多々あるそうです。
それでも,そういったことを先生方にも少しずつ伝えているようで,
状況が変わっていくといいなーと思いました。

さてさて,プレイベンですが,
ここには「カンボジア・日本友好学園」という中等教育学校がありました。
佐賀県に関係するNGOが動いて作った学校らしく,
開校以来日本のスタッフが常駐して,日本語を教育課程の一環として教えているそうです。
先生方の意識も高いらしく,その成果で,かなりの人気がある学校だそうです。
プノンペンからも入学希望者が来るとのことです。
ここには,高校卒業後思い切って一人でカンボジアに来て,
ボランティアをしているYくんが勤めていて,
彼ともたくさんのお話をしました。
彼についてもたくさん書きたいのですが,また後日機会があったら触れたいと思います。

▼支援について説明する看板です。本当にたくさんの支援でカンボジアが支えられています。

saga

▼門と,日本語の授業の様子です。七年生(中学校一年生)での授業でした。
 校舎のないクラスで,屋根だけの教室,40人以上の生徒がいました。

mon jugyou

日本にいるとき,カンボジア経験者のプレイベン州の評価はあまり高くなく,
どんなところかと思っていましたが・・・
外国人に慣れていないカンボジア人の人柄がよく,生活しやすい街だし,
協力隊として活動するには,いい環境だなーと思いました。

<おまけ>
文明の利器を大いに活用しているお坊さんたちがいました。

▼なんと日々FACEBOOKを楽しんでいるお坊さんたちです。

obousann

かわいいプレイベンの動物たちです。

▼夕焼けと鶏。牛さんドアップ。

niwatori usi
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