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17歳の中学1年生 の巻

朝は英語の授業,午後は運動会実施委員会の巡回に行ってきました。

運動会については,今日種目と得点を決定しました。
本当であれば(活動の趣旨からいえば),もっと話し合いを充実させて,
生徒たちの意見を聴くべきなのですが,
語学力の不足と,彼らの経験の不足から,
今回はかなり(というか,95%・・・ほぼ)自分が主導して決定してしまいました。
来週から,体育の時間にお邪魔して,
リーダーの子どもたちに各クラスで説明させることにしました。
少し忙しくなってきそうですね~
*2月24日に予定していた運動会は,3月9日に延長しました。
 自分の都合です。

▼説明中,絵が役に立つと同時に,とっさにクメール語がかけたことに自分もびっくり。

setumei

さて,今日の本題はそんなことではなくて,
英語の授業でのことです。
授業を行うことのむずかしさ,
クメール語での説明のむずかしさ,
あるいは専門外のむずかしさを痛感しています。。。

今週は,各クラス3回目の内容となりました。
どれくらい彼らの力があるのか確認しようと思って,
これまでの内容を復習してから,
一人ひとり面接形式であいさつを行ってみました。

結果は,やはり生徒間でかなりの差があるわけです。
学習内容をすでに理解している生徒もいれば,
理解していないうえに,ノートへの書き込みもできない生徒もいるわけです。

その中で発見したのが,年齢の差です。
一番年齢の小さい子で12歳。中学1年生ですので,日本と同じです。
ところが,13歳・・・ときて,一番年齢を重ねた子で17歳の生徒がいました。
カンボジアでは留年は普通にあるわけですが,
17歳の生徒の存在には,自分も驚いてしまいました。
いても,1~2歳くらいの差かと思っていたわけです。

学習権の保障,という意味でこうした仕組みは非常に大切なことのように思いました。
日本のように年齢に応じた修了の仕組みでは,
学ばせたいことのミニマムさえも身につけず卒業する場合もあります。
しかし,学びたい生徒に学ぶ環境があるということは,いい仕組みなのかもしれません。
周囲の生徒も特に違和感なく,彼と一緒に勉強している様子でした。

ただし,より重要なのは,
そうした留年生徒を出さないような,より高度な授業であるように思いました。
今のように・・・,例えば,
自分のような存在にいきなり英語を教えさせたり,
先生方がいたりいなかったり,
と,そんな状況では,家庭の貧富の差,経済の差,文化の差が
そのまま濃厚に影響して,不平等が拡大再生産されてしまいます。

そんな状況の中で,
どんなふうに今後の英語の授業を組み立てていくか,課題が1つ増えました。
当初は,
「英語を楽しむ」ことができれば・・・
と考えていましたが,
より彼らのためになるような内容にしなくては・・・
と責任感を感じてしまいました。
誰か,早くちゃんとした英語の先生こないかなーと思いつつ。。。
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