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前国王の訃報 の巻

こんにちは。

プチュンバン連休の後半を、プノンペンで過ごしてきました。

そして今日はさっそく運動会モデル校にいって、
実行委員の生徒たちに、競技をいくつか試させてきました。
久しぶりの外での活動、晴天ではなかったものの、
かなり暑くてハードでした。

その様子はまた後日書くとして、
今日はプチュンバン(カンボジアお盆)での出来事について。

連休初日の15日の朝、
Yahoo!でニュースを見ていると、
トップページに、「カンボジア前国王死去」の文字がありました。
前国王ではありつつも、
「独立の父」と呼ばれるシハヌーク氏は、
今でも国民から絶大な支持を得ていた人物です。
5000リエル、10000リエル札の顔にもなっています。

病気療養のため、
中国で入院していたそうなのですが、
病気の進行が著しく、89歳(?)の生涯に幕を閉じられたそうです。

昨日(17日)、北京よりご遺体が飛行機にて移送され、
15時に予定通りプノンペン空港に到着されました。

昼頃から、プノンペンでは(おそらくカンボジア全土で)、
喪にふさわしい恰好をしたカンボジアのみなさんが、
黒いリボンを身につけ、彼に対するお別れの言葉のため、
町中に繰り出していました。
一部では交通規制もかかり、儀式の盛大さが伝わってきました。

独立記念塔周辺には、半旗が掲げられ、特別に前国王の写真が飾られました。
こども3

任地に戻っても、一番の中心地で盛大な弔いの儀式、
教育局でもみなさん正装をなさって、黒いリボンで弔意されておられました。

未だ発展途上のカンボジアにおいて、
その独立に大きな力を果たしたシハヌーク氏の死が持つ意味は大きいなと感じました。
そんなカンボジアの「歴史のまっただ中」に身を置いているのだと改めて痛感した次第です。

<おまけ>

かねてから同期のおかんのお宅で、
彼女の知り合いの韓国人、キムさんを招いたパーチィに出席する約束をしていました。
英語だけではなく、日本語も日本人以上に上手に話せる彼女と、
政治や教育などについても話すことができました。
国際的にはやや問題ありの日韓関係ですが、
まさに草の根的に両国民が仲良くなっておくことって、大切だなーと思いました。

IMGP6404.jpg

②すっからかんの街並
プチュンバンでは、基本的にカンボジアの人たちは実家のある田舎に帰省します。
従って、普段は人が多いプノンペンですが、
プチュンバンになると一気に人がいなくなり、
にぎわっている店や食堂も閉まり、
大きな道でも車やモトの数が激減します。

幹線道路のモニボン通りもこんなに閑散と。
IMGP6398.jpg

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